花火と綿菓子とホワイトボード

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花火と綿菓子とホワイトボード

 瞼の裏に映る光によって目が覚めた。ずいぶん懐かしい夢を見ていた気がするけれど、目を開けた途端に飛び込んできた情報量によって記憶は薄れていき、ただただ懐かしいという感情だけが胸の中にぽとりと落ちた。  ダブルベッド横にある窓の外ではじりじりと蝉の鳴き声が響いている。俺はゆっくりと起き上がり、ベッドから降りた。裸足の裏に汗の感触を覚えながらリビングに繋がるドアを開けると、途端にクーラーによって冷えた空気とカフェインの香りが更に俺の脳を覚醒へと誘った。 「おはよう、(レン)」  ダイニングテーブルの傍で立ったままコーヒーを飲んでいた陽斗(ハルト)が、俺に顔を向けた。 「おはよ」 「コーヒー、まだポットに残っているから、飲みたかったら飲んで」  すでにTシャツとチノパンに着替えている陽斗は、まだ少々眠たげだ。ジャージを着たままの俺は伸ばしっ放しの癖っ毛をぼりぼりと搔きながら、キッチン台へと歩く。 「おまえ、もう出るの?」 「うん。研究が立て込んでて」  ぼんやりと答える陽斗の様子を視界の端に映しながら、俺は氷を入れたマグカップにコーヒーを注いでいく。ぴちぴちと氷が鳴るのを聞きながら、俺はすぐ横にある冷蔵庫に目を向ける。  冷蔵庫の扉面では、マグネットで貼られたホワイトボードが沈黙を保っている。 「蓮の今日の予定は?」 「夜までバイト」 「そっか」  ダイニングテーブルにある置時計は、午前八時を示している。「そろそろ行かなきゃ」と陽斗がマグカップを流しに置いた。 「俺が洗っておくよ」 「いいの? ありがとう」  ふわりと笑った陽斗が俺に近付く。出会った時から変わらない、誰もを照らすような笑顔。華やかな顔立ちに近付かれ、おののく俺に陽斗は触れるだけのキスをする。 「行ってきます」  一緒に暮らし始めて一年、吐息も分け合えるくらいの距離で微笑まれると、俺はもう何も言えなくなる。陽斗を見送り、ダイニングテーブルに置きっぱなしのスマホを手に取った。タップをすると今夜に開催される花火大会の案内が表示される。  蝉の鳴き声のみが響いているリビングで一人、俺はこっそりとため息をつく。最近はずっと、すれ違ってばかりの生活だ。
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