人生とはいいもんだ。

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 その男性は二十代後半の雑誌記者だ。三流のオカルト雑誌。新聞記者を夢見ていたが、希望の会社に就職できなかった。どうしても記者の仕事がしたく、小さな出版社に就職した。配属されたのがオカルト部門。最初は腐りもしたが、年月が経つと勝手が分かり楽しめるようになってきた。  二年前に結婚し、第一子を授かった。薄給だが、クビになるわけにはいかない。そのため、取材と記事の作成に精を出していた。  彼の記事作成はこんな手順だ。まず、都市伝説や怪しい噂を聞き込みする。面白い話が聞けたら、誰から聞いたか教えてもらい辿(たど)っていく。そうして増やした情報を記事に仕上げるのだ。  聞いた話が真実かどうかは問題ではなかった。一人でも真実だと思って語る人がいれば記事になる。読者は真実が知りたいわけではない。もっともらしく刺激的な話を望んでいるだけなのだ。 *    *    *  ある日、喫茶店でコーヒーを飲んでいると、女子高生から面白い話を聞いた。偶然、彼女たちの話が耳に入ったのだ。彼は名刺を出した上で、喫茶店代と引き換えに話を聞かせてもらった。 「その神社はとっても山奥にあるんだって」  やせ型の女子高生が声を弾ませて彼に話した。 「場所はどこか知ってるかな?」 「私は知らなあい。でも、場所を知ってる子を紹介できるよ」 「その神社の賽銭箱に入れる、それでいいんだね」 「そう。封筒に五万円を入れて、送り先の住所と氏名を書いた紙を入れるそうよ」 「そうしたら、送られてくるんだっけ……その……なんだっけ?」 「『運気分配の御札(おふだ)』だよ」  別の女子高生が少し苛立った様子で説明した。 「で、それはどんな効果があるのだっけ?」 「私も見たわけじゃないんだけど――」  要約するとこうだ。送られてくるのは『小さく折りたたまれた紙』と『御札(おふだ)』。小さい紙を開くと数字が書いてある。その数字は、その人の『残りの運気の合計』を表しているそうだ。そして、御札(おふだ)には十個のマスが印刷されている。  受け取った人は、運気をどう分配するかを御札(おふだ)に書いていく。マスの脇に年齢を書くことで、何歳のときに、どれくらいの運気を分配するか決めることができるのだ。例えば、運気の合計が100で、現在、三十歳の場合、   『三十歳  20』   『三十一歳 10』  といった感じだ。『三十二歳~四十歳 50』にように年齢に幅を持たせて書いてもいいらしい。書き終えた御札(おふだ)を封筒に入れて、再び賽銭箱に投入すると受付が完了する。 「どんな効果があるの?」 「聞いた話だけど、ある女の子が今の年齢の運気を高くしたら、かっこいい彼氏ができたんだって。あと、成績もドンドン上がったそう」  にわかには信じ難いが記事のネタとしては面白そうだ。 「私には五万円も払えないけど」  最後に女子高生はそう付け加えた。高校生にとって五万円は高すぎるのだろう。  後日、女子高生の友人を尋ね、噂の出所を辿(たど)っていった。実際に御札(おふだ)を取り寄せた人物には至らなかったが、神社の場所だけは特定することができた。 *    *    * 「編集長、記事の裏を取るために取材費を五万円いただけますか?」  編集長に掛け合った。 「雑誌の売上は知っているだろう。マニアしか買わん。五万円も出せんよ」 「目玉記事になりそうなんです。お願いしますよ!」  自分で試すことができれば記事の信憑性が上がる。読者も喜ぶ。 「仕方がない。半分出してやろう。残り半分は記事の出来栄え次第だ」  半分でも無いよりはマシだ。彼は早速、五万円を準備してその神社に向かった。 *    *    *  電車で一時間の田舎駅。さらに、山道を歩くこと一時間。到着したら夕方だった。街灯がない山道は暗くなると厄介だ。彼は手早く要件を済ませることにした。  山頂附近の開けた場所に朽ちた木造の鳥居があった。その先には小さい拝殿があり、手前には古びた賽銭箱。神社名はどこにも書かれていない。誰かが管理をしているようには見えなかった。  彼は、あらかじめ五万円と、自宅の住所を記載した紙を封筒に入れてきた。それを賽銭箱にそっと滑り込ませる。そして、二拝二拍手一礼をした。周囲は薄暗くなり、山の下に見える村に明かりが灯り始めた。彼は足早に山を下りた。 *    *    *  数日後、帰宅した彼は、妻から一通の封筒を受け取った。真っ白の小さな封筒。彼はピンときた。 「送り主が書いてないわ」 「取材の関係で送り元を明かさずに受け取る場合もあるんだよ」  妻に適当な返事をして一人で寝室に入った。封を開けると、折りたたまれた小さい紙と大きい紙、説明書が入っていた。十センチ角ほどの大きい紙に十個の白いマスが印刷されている。これが御札(おふだ)だろう。ということは小さい紙に『運気の合計』が書かれていることになる。  説明書を開くと、こう書かれていた。 ・平均的な運気は一歳につき10です。 ・御札(おふだ)に運気の分配を記載してください。 ・運気の合計は、小さい紙に書かれた数字と一致させてください。 ・年齢に幅を持たせて書くと均等に分配されます。 ・一度、分配したら変更はできません。 ・いかなる結果にも当方は責任をとりません。  次に、小さい紙に手を伸ばした。自分の運気が書かれていると思うと手が震えた。   『800』  思ったより多い。一歳の平均運気が10とすると、八十年分。これまであまり運を使わなかったということなのかもしれない。  さて、次は分配だ。彼は頭を悩ませた。特定の年齢に運気を積上げると、その他の年齢で減らす必要がある。あまりに低すぎる年齢を作ると不幸なことが起こるかもしれない。一方、今回は取材が目的。何か起こらなければ記事にできない。そう考えると、選択肢は二つしかない。  今の年齢に思いっきり運気を積むか、思いっきり減らすかだ。結果、相当な幸運か、相当な不運が訪れる。子供が生まれたばかりの彼には不運を選ぶことができなかった。 ――運気を全部、今の年齢に積む。  これが結論だった。彼はカレンダーを見た。あと半年で誕生日。この期間に幸運が訪れるのかもしれない。   『三十歳 800』   『三十一歳~百歳 0』  彼は御札(おふだ)にそう記載した。どうせ嘘に決まっている。その程度の軽い気持ちだった。翌日、山の上の神社に向かい、賽銭箱に封筒を投入した。
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