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翌日、彼は馬券を買い、効果を実感した。一万円が二百万円になった。その後も幸運なことが続いた。以前に書いた記事が当たった。おかげで雑誌の売上が三倍になった。宝くじを購入したら。なんと一千万円が当選した。小遣いが少ないことを嘆いていた彼は、妻に隠すことにした。幸運は金銭面だけではなかった。新入社員の若い女性から告白された。小さい出版社には似合わない美人だ。
「俺は既婚者だぞ」
最初は断ったが、何度もアプローチされ恋仲になってしまった。当然、妻には内緒だ。
編集長が彼の幸運に気が付き始めた。ツキがあるのは周囲から見て分かるものだ。
「ワシにも、その神社を教えてくれんか?」
編集長はしつこく迫ったが、決して明かさなかった。
――取材費をケチったクセに何を今さら。
心の中でそう吐き捨てていたが、編集長は諦めなかった。そのうち、彼に嫌がらせを始めた。記事に難癖をつけたり、人前で怒鳴ったりした。我慢の限界に達した彼は、怒鳴られている最中に心の中でこう念じた。
――おまえなんて消えてしまえ。
あっけなかった。その日の晩、編集長は亡くなってしまった。ひき逃げだったそうだ。編集長不在は困るということで、彼が新しい編集長に抜擢された。その結果、給料は大幅に上がった。
* * *
半年が経過した。
三十歳が終わる前日の時点で資産は数億円、愛人ありの編集長。雑誌の売上もうなぎ登り。あと一日で三十歳が終わることに気が付いたが、この勢いが終わるなど想像ができなかった。
三十一歳になった日。彼は運気がゼロであることが、どういうことかを思い知ることになる。愛人の女性が妻に詰め寄ったのだ。浮気はあっという間に知られた。妻とは当然、大喧嘩になった。若い女性の方がいいと思った彼は、高い慰謝料を払って離婚することにした。子供を手放すことになるが仕方がないと思った。
しかし、若い女性と再婚することはなかった。彼女が会社の金を持ち逃げしたのだ。これまでも少額のお金を盗んでいたらしい。しかし、今回は会社の利益を丸ごと持ち逃げしてしまった。会社は資金不足に陥り倒産寸前まで追い込まれた。その後、彼女は捕まった。
慰謝料は支払ったものの、それなりの貯金があった彼は会社が潰れても生きていけると思っていたが甘かった。彼女が「彼の指示でやった」と警察で証言したのだ。それは事実ではなかった。しかし、彼女は大量の証拠を偽装していた。その証拠を信じた出版社は、彼を解雇した上で裁判を起こした。
「裁判になれば負けます」
彼は弁護士にそう告げられた。彼は会社と交渉することにした。結果、彼の貯金を全て会社に支払うことで和解した。こうして彼は、家族も、愛人も、お金も、地位も、全てを失った。
住む家が無くなった彼は、河原でホームレス生活を始めた。しかし、彼はあきらめてはいなかった。
* * *
三十一歳の彼は、不運に巻き込まれないようにひっそりと暮らした。空き缶を拾ってお金に換えた。彼には逆転の秘策があった。三十二歳の誕生日の二週間前、彼は動き出した。古びた財布には十万円が入っていた。会社と和解した際に、この十万円だけは隠し持っていた。そして約一年間、使わずに持ち続けた。
食費を削って文具店で封筒と便箋、ボールペンを購入した。彼は封筒に五万円を入れた。そして、紙に住所を書いて封筒に入れた。正確な住所がないので、寝泊りしている橋の名前を書いた。
翌日、彼は例の神社に向かった。電車代が惜しいので何時間も歩いた。到着したのは夕方だった。
「本当にいいんだな?」
賽銭箱の前で自問自答をした。今の彼には五万円は大金だ。彼はすでに運気を使い切っている。その状況で秘策が失敗すると悔やみきれない。長い時間、悩んだあと、彼は震える手で封筒を賽銭箱に投入した。
三日後。橋の下で寝ていた彼の元に郵便配達員がやってきた。
「あの、これはあなた宛てでよろしいでしょうか?」
郵便局員は不思議そうな顔で彼に話しかけた。
「私宛です。待っていました」
彼は笑顔で封筒を受け取った。
彼は、封筒を開けて中身を確認した。小さい紙、御札に、説明書。前回と同じ。彼はニッと笑みを浮かべた。
――ここからが大博打だ。
まずは小さい紙を広げた。そこには『0』と書かれていた。前回、運を全て使い切ってしまったので予想通り。次に説明書を確認した。
――よし、変わっていない。
彼が確認したのは次の項目だ。
『運気の合計は、小さい紙に書かれた数字と一致させてください』
これが、大博打の根拠だ。彼はボールペンを手に取ると、段ボールの上に御札を広げてこう書いた。
『三十一歳 10000』
『三十二歳~百歳 -10000』
この書き方が通用するのかは分からない。しかし、合計はゼロで小さい紙に書かれた運気と合計は一致している。御札を封筒に入れたあと、彼はもう一作業を始めた。彼は何を思ったか、住所を記載した便箋と最後に残った五万円を別の封筒に入れた。
翌朝。彼は歩いて神社に向かった。早めに出発したので昼過ぎに到着した。賽銭箱の前で、二通の封筒を取り出した。そして、運気を分配した御札が入った封筒を賽銭箱に投入した。
――これで、三十一歳の間は超幸運。しかし、三十二歳になった瞬間に地獄がくる。
しばらく、山頂で休憩した。封筒が受け付けられるための時間を取ったのだ。一時間後、彼は五万円が入った封筒を賽銭箱に投入した。以上が彼の奥の手だった。
* * *
三日後、前回とは違う配達員が封筒を届けにきた。彼は笑顔で受け取った。
最後の資金を使った大勝負の結果だ。しばらく開ける決心がつかなかった。数時間後、彼は封を切った。運気の合計が書かれた小さい紙を手に取り恐る恐る開く。
『10700』
よしっ! 彼はガッツポーズをした。『最高に幸運な状態で、再度、神社に御札を依頼する』これが彼の作戦だった。
昔に見た新聞記事がヒントになっていた。ある田舎の役所が、個人への一万円の還付金を、誤って百万円振り込んだというものだ。誰が小さい紙に運気を書いているのかは分からないが『最高に幸運な状態なら書き損じるのではないか』それが彼の読みだった。
「やった、成功だ!!」
思わず口に出してしまった。前回、裏技のように10000と-10000と記載することで一時的な幸運を手に入れることができる。しかし、それでは三十二歳になった瞬間に不幸が訪れる。普通の運気に戻すには『-10000』を帳消しにする必要があった。
彼は大きい紙にこう書いた。
『三十二歳~百歳 10700』
これで、前回記載した-10000と相殺されてプラスの700になる。百歳までの約七十年で700。一歳につき10。これは説明書にある平均的な値だ。作戦が見透かされているような気がしたが彼にとっては満足な数字だ。普通に生活が出来るなら幸運なんていらないと思った。
三十二歳まであと一週間。彼はその瞬間まで待つことにした。一週間後、彼は再び神社にいた。深夜、日が変わる瞬間を待ち続けていた。
深夜0時。一瞬でも遅れると、どんな不幸が襲ってくるか分からない。彼は日が変わった瞬間に御札の入った封筒を賽銭箱に投入した……。
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