交友関係

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交友関係

そのカナちゃんと呼ばれていた女のコは、ミサくらい背の高い女のコだった。 紺色の作務衣型の和風なシャツと、ふくらはぎの中間までの丈の、同じく紺色のワイドパンツに、腰回りを囲む太めのエプロンリボンとタスキは赤中心の小花柄と言う、この居酒屋の制服姿がよく似合っている。 明るい茶髪に金色のメッシュの入っているストレートの長い髪を、後頭部の低い位置で一つに結んでいて、前髪は左を多めに分けて流し、耳の後ろにかけている。 両頬にかかる長いおくれ毛が艶っぽくて、二十歳より幾らか上に見えた。 しっかりと、その大人っぽく見える髪型にピッタリと合うような化粧を施しており、太めに描かれた眉と、狭い二重幅に一筋だけの細い黒のアイライン。 そして、ラメが細かく光るオレンジのアイシャドウを薄く塗っているだけなのに、華やかな印象を受ける。 長いまつ毛は上げておらず、マスカラも使っていないようで、物凄く整った顔立ちだとか、化粧が濃いと言うわけでもないのに、一つも失敗が見つからないような、バランスの取れた、美しい女のコだった。 私は、そのカナちゃんと言うコのことを、もう会うことなどないかもしれないのに、一目で好きになった。 「うた、酒ばっか飲んでないで、しっかり食えよ」 「わかりました。中村さんも、ちゃんと食べてるもんね」 「普通にうまいからな、ここ」 「うん、ちゃんと美味しいです。中村さんが飲んでるのって、何?」 「これか、黒霧島って言う、芋焼酎。うたは、飲めないかもな」 「なんで?」 「辛口だから」 「ふうん?」 ラベルがカッコいいな、って思ったんだけど。 度数も高そうだし、私は飲むのをやめておいた方が良いかな。 明日は、山口さんに、また沢山の酒を飲まされることになるのだろうし。 あ、そうだ、ナギサさんだって、もうさすがに起きているだろう。 返信は来ているだろうか、と、ふと気づいて、焼き鳥をモグモグと咀嚼しつつスマホを確認する。 よかった!返事、来てる!! 受信した時間も30分前くらいだし、私からの返信が遅くなり過ぎて迷惑かな、と言う程でもなさそうだと思った。 ナギサさんは、店のキャラと変わらず、軽くて親し気な感じで、私への気遣いの言葉と共に自分がヘアメイクだけをお願いする時にいつも通っている、と言う美容院の名称と、WebサイトのURLまでわざわざ貼ってくれていた。 すぐにお礼の文章を丁寧な言葉で作成して送ると、そのWebサイトへと飛んでみる。 一通り書いてあることをサラっと読んで、載っている写真や地図を見てみると、その美容院はどうやら歓楽街の中にあるようで、なんと24時間いつでも営業をしていると言うことがわかった。 私はそのままサイトの方から、明日の16時に予約を取り、ホッと一安心したのと同時に口内の鶏肉を飲み込んだ。 「お、もう20時過ぎるな、半には出るか」 「はーい、じゃあ、最後にもう一杯だけ飲んでいいですか?あと、レシートちゃんともらって下さいね」 「はいはい、おまえはしっかりしてんだか、しっかりしてないんだか、わかんないな、本当に」 「私は中村さんの方がわかんないですけどね」 最初に頼んだ食べ物たちは、ほとんど片付いた。 私たちにしては良く食べたのではないだろうか、と言えないこともないと思う。 私は、なんとなく昔からの癖で、何も乗っていない皿を、店員が片付けやすいように、とテーブルの端に重ねて避けておく。 それから酒を注文する為にオーダーコールのボタンを押して、まだ中身の残っている何杯目かの柚子サワーをからっぽにした。 しばらく中村さんと他愛もない会話を楽しんでいると、今度はカナちゃんではなく、最初にこの個室へと私たちを案内をしてくれた男性の店員がやって来た。 「お待たせ致しましたー!」 「お、アオイか。うたに、ライン教えてやってもいいか?」 「はあ!?」 「うた、ってこのコのことですか?俺はいいですけど、でも、中村さんの彼女じゃないんですかー?」 「みたいなもんだけど、カナちゃんとアオイで、たまに遊んでやって」 「え?え?何?全然わかんないんですけど!!中村さん、何!?」 「うたも、俺と一緒だったらまた来るだろ、ここ」 「そりゃ、まあ、はい、来ますけど、え??」 「悪いけど、カナちゃんにもいいかどうか、聞いといて」 「いいですよ!うたちゃん、ですか?よろしくねー!」 「…はい、あの、うたこです」 「じゃ、うたこちゃん、って呼びますねー!」 「あ、えと、アオイさん?、くん?、どうも、よろしく、お願い、します…?」 なんだか知らない間に、勝手に交友関係が広がってしまった。 中村さんの考えていることが、本当に全然わからない。 何か、企みでもあるのだろうか。 私を一体どしたいのだろう、ただのNo上位を頑張って取らせて、店に貢献出来る、自分の都合の良い操り人形にしたいだけではなかったのだろうか。 こんな、友人みたいな関係の人に私を紹介したりして、どうするつもりなのだろう。 「ご注文お伺いしますよー!」 「あ、はい、さっきと同じやつ、えっと、柚子サワー…、…もう、二つ頼んでいいですか!!」 「はい!わかりましたー!あ、中村さん、多分カナも大丈夫だと思いますよー!」 「ありがとな。あとさ、酒持って来た時でいいから、ここで会計してもいいか?」 「了解ですー!では、お待ち下さいねー」 どうやら、アオイと言う名前らしい彼は、これから私の友人となるらしい。 そして、先ほどの綺麗な女のコ、カナちゃんもだ。 私は混乱してしまい、アオイくんとやらが去ると勢いよく中村さんを問いただした。 「中村さん!何ですか、何がどうなってるんですか!」 「おまえ、今日は彼女なんだろ」 「そうなんですか!?」 「自分で言ってたじゃないか」 「そうですけど、でも、いいんですか、いや本当に意味わかんないです!」 「うたもたまには遊べ」 「でも仕事あるし!そんな暇ないくらい頑張らないと私はダメなんですよ!?」 「そうかあ?そんなこと、ないと思うけどな」 結局、色々はぐらかされているような気がする。 理由も、どう言った思惑があるのかも、中村さんからの返答からは一切読み取ることは出来なかった。 私が一方的に騒いでいる間に、カナちゃんがやって来て、柚子サワーが二つ届き、中村さんは会計を済ます。 カナちゃんはニコニコとしながら、私のことを見てもう一度、改めてよろしく、と告げる。 まだ店内は忙しいのだろう、かなり短い間だったがとても良いコなのだろうと思えた。 私に、今度一緒に飲みに行きましょうね、と言うと、持って来たお盆に空っぽの皿を乗せて去って行ってしまう。 「うたは色々考え過ぎだよ」 「…本来ならば、あまり深く物事を捉えたりしないんですけどね」 「あー、そうかもな、ただ直観だけで動いてる時もあるだろ」 「主にそうです。でも考えたところで何にもわかんなさそうなんで、とりあえずやめあます」 「そうしとけ」 中村さんのやることだから怪しいんですよ、とは言わないでおく。 だって私、騙されてたいんだもん。 多くを望んだりしないって決めてるんだもん。 私は柚子サワーの入ったジョッキの取っ手部分を掴むと、流し込めるだけ流し込んで、早くいい気分になってしまおう、と思った。 何度も何度もそうやってから、煙草を吸っている中村さんのことをジッと見る。 でも、わかることは、やっぱ好き、って言う、ただそんなこと。 それだけ、一個だけだった。 仕方ない、好きなんだから、こんなに好きなんだから、いくら見つめたところで、探り出そうとしたって、何も変わらない。 私が二つのジョッキをからっぽにすると、中村さんは吸っていた煙草を灰皿に押し付けて消すと、席を立つ。 私は短いため息をついてから、スマホや煙草、ライターをデニムのショートパンツのポケットに仕舞い、それに続く。 まあいっか、とそんな一言で脳を働かせるのをやめると、今度は私の方から中村さんの手を掴んで、指を絡めた。 「いいです、なんでも」 「何がだ」 「もー別になんでもいいやー」 気持ちがふんわりして来て、やっと再び酔いが戻って来たな、と思うと、私はコテンと頭を中村さんの腕にくっつけた。 今日だけは私は彼女なのだから、こうして彼の部屋までの帰路を辿っても良いだろうか。 それが出来るなら、なんでもいいしどうでもいいや。 たまに襲ってくる激流のような哀しみの波を取っ払って、本当は欲しくてたまらない言葉をもらえなくても、私はこんな風にしか今の恋を維持できない。 背中で「ありがとうございましたー!」と言う店員たちの声を聞いて、エレベーターに乗って外へ出る。 相変わらず歩道は行き交う人々で溢れていたけれど、私はずっと中村さんの手を離さなかったし、彼もそうしてくれていた。 中村さんの部屋のあるマンションまではそこそこ歩くけれど、その間もずっとそうしていたし、そうしてくれていた。 「今日、月がでかいなあ」 「もうちょっとで満月って感じですねえ」 「うたは明日、何時に出るんだ」 「ヘアメを美容院に頼んだので、15時過ぎたらタクシーで行こうかなって感じですね」 「じゃあ一緒に出るか」 「…うん」 私はもう、中村さんの突拍子もない言葉には驚かない。 どうしてそんなことを言ってくれるのかはわからないけれど、その真意を見極めようだとか、疑ってかかろうだとかは思わない。 なのに、顔には熱がたまって行くし、心は不安と嬉しさで揺れる。 私はそれをどうすることも出来ないし、そんなに整合性の取れた価値観は持っていない。 一貫性のない、色々なことの線引きもまともに出来やしない、曖昧で感情的な人間なのだ。 何気ない明日の約束だって、今日突然出来た友人だって、いきなり失われることだってある。 それでも少しだけ、本当に少しでいいから、捨てた沢山の希望のうちの一個だけでも、拾っていいですか。 例えばさ。 …、やっぱやめておいた方がいいな、と、最後に保険をかける。 私は自分のスニーカーのつま先部分に視線をうつし、中村さんには見られないように、弱く微笑んだ。
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