夢の世界で

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夢の世界で

重要であるらしい三日間の内の二日目、どうやら私は、一日目の大変さが嘘のようについているようだった。 つまり、ラッキーなことが、重なったのだ。 それはもちろん、良くも、悪くも。 きちんと19時半前には出勤し、ヘアメを終わらせ、待機席で店のオープンを待っていた。 その間、私はナナさんと、その友人だと言うユウコさんとお喋りをしていた。 ユウコさんは、私の脚に四つくっついている、大きな絆創膏や痣を見て驚き、気遣いの言葉をかけてくれた。 ナナさんは、ブログを見てくれたのだろう、既に知っていたようで「大丈夫ですよ!このくらい、うたこさんだったら!」なんて、どう捉えたら良いのかわからない励まし方をしてくれた。 待機席で、キャストのお姉さんたちと仲良く会話を楽しむのが久しぶりだった私は、少しだけ緊張していた。 気さくな彼女からの申し出で、ユウコさんともラインを交換することになり、微笑んでくれたかと思えば、すぐに苦い顔をしてこんなことを言う。 二人は同じ短大に通う学生なのだそうだ。 けれど、ナナさんの方は最近はろくに学校に来やしない、毎日遊び惚けてばかりで、本当に心配、なんてそんな話。 ユウコさんは、前髪をパッツンにしていて、表面だけシャンデリアの光で「染めいるんだな」とわかる程度の、控えめな明るみを持つダークブラウンの髪を肩の上で外に跳ねさせている。 きちんと整えられた濃い眉と二重の瞳の間隔は広くて、唇は薄く小さめだった。 大人しくて、幼なそうに見える、そんな顔立ちと化粧をしているのに、中身はしっかり者と言った印象だ。 ユウコさんの話を聞くに、ナナさんはどうやら、夜の街やキャバクラが舞台のドラマや映画や漫画の影響を受けて、この店へとやって来たらしい。 ここにいれば、自分にも、そんな創作の世界と同じようなシーンが訪れる、と思い込んでいる。 胸をときめかせた、憧れたサクセスストーリー。 そんな素敵なシチュエーションばかり心の中で何度もなぞって、まるで自分もそのキャラクターになれる、そう思い込んでいる。 困ったように、ナナさんが店に入店した動機を私へと打ち明け、ユウコさんはため息をついた。 「わたし、レギュラー出勤にしてもらおうかなと思ってるんです!そのくらい頑張らないと、シャンパンって入れてもらえないんですね」 「そんなことないと思いますよ。ナナさんにも指名のお客さんが出来れば、ちゃんと好きなお酒をオーダーしてもらえるようになりますよ」 「そしたら退学しちゃうでしょう、貴女は。全くもう!止めてあげてくださいよ、うたこさん。せっかく入った学校はどうするの?親御さんが哀しむよ?」 そんなユウコさんの窘めの言葉は、私にとっても耳が痛い話で、苦笑いを浮かべてやり過ごすしかなかった。 そのうち店がオープンして、あまり大きな声で無駄話をしていると部長から叱られる、と考え、私は自分の営業に集中することにした。 まだ客のいないフロアを見て、ミズキさんは今日も同伴で20時を過ぎるのか、と思いつつ指名客とそれぞれラインのやりとりをしていた。 ラッキーだったとしか思えない、そんな二日目がはじまったのだ。 当然だが、ラッキーだった、と感じた要素は、私の精神面の話ではない。 同伴もしていない、営業ラインを送る時間も普段よりも遅れ、脚に怪我を負っていて見映えだって悪い。 いつものことだが、更に情緒不安定な上に、疲れだって完全には抜けていない状態だった。 しかし、そんな私であるにも関わらず、待機時間はそんなに長くはなかった。 もうタクシーで行こうと決めていたので、ミニワンピはドレスとして店に出ることも出来そうなデザインのものを選んで着用して来た。 オープンショルダータイプで、胸元は大きくあいているけれど、レーススリーブが長いグローブ風に手首までちゃんと繋がっているものだ。 水色の生地に白の花柄のレース、ウェストが高めの位置に見えるように、胸下からスカート部分に切り替わる部分までがキュっとスタイルに沿って締まっている。 全体的に体のラインがわかるような作りで、丈はもちろん膝上までのミニドレスだ。 落ち着かなかったし、不安だった。 だって、同伴もしていないし、指名客が来店してくれるかどうかもわからない。 もちろん、後で行くね、と連絡をくれた客もいた。 けれど、本当に来てくれるまでは、その言葉を信じることは出来ない。 他にも考えなければならないことがあった。 いっぱいいっぱいな中、また頭を悩ませることは増え続けることになる。 今日は店が終わったら、ミズキさんと共にミサに会いに行かなくてはならないのだ。 私は、正しいことを言う人のことが、どうにも苦手だった。 正しくて、立派で、まともで、ちゃんとした人。 「正解」と言うものがどういったものなのかを理解出来ていて、他人のことを客観的に見ることが出来て、その状態と言うものが、一般的に見て一体どう言う風に思われるか、きちんと把握出来るような人。 ミズキさんは、きっとそんな人なのではないだろうか。 だから、怖かった。
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