手を繋いで行こう

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手を繋いで行こう

結局ミサも、ママに占ってもらった。 私たちが訪れる前に、今の悩みの種である話の大まかなあらすじを聞いていたらしいママ。 彼女が水晶玉に見たミサの未来はもちろん、ユウくんではない、違う男性と結婚をしている、と言うものだった。 それだけだったら、ミサは意地になってその「違う男性」とやらを「ユウくん」へとかえる方法はないか、と詰め寄ったかもしれない。 しかし、ママが続けるには、そのユウくんではない、ミサを幸せにしてくれる男性との出会いと言うやつは、実は既に叶っているのだと言う。 そして、今はお互いにその気などなく、今のミサには予想すら出来ない、そんな相手が最終的に彼女のことを幸せにするだろう、とのことだった。 「ミサの言う、幸せ、が結婚、って意味ならね、その相手とはもう出会ってるよ。アンタが気づいてないだけで、今の男よりも、多分その相手の方が…今だって、アンタをちゃんと大切に想ってるし、愛してるね」 「…愛して、る?私のこと、愛してる人なんているの?本当に、愛してくれてるの?…私みたいな、ダメなやつ…」 「そうだよ。愛してるはずだね、そう出てるよ」 「…私はもう、その人と、出会ってるんだ…」 「誰だろう?ミサのことを愛してる人なんか、いっぱいいそうだけどな。ミサがどの人なのかわかってないだけ、ってことかな?」 「今はまだ気づける時期じゃないね。ミサ、泣いてる時間あんだったらね、今の男と一緒にいる時間があんだったらね、遊びなよ!もっともっと遊んで、忘れちまいな!」 「ミサさん、今の貴女の彼氏は貴女を、…少しは、愛してはいるのかもしれないけれど、一番ではないわ。一番に愛して欲しいのなら、別れて、ママの言う通り哀しんでいる暇がないほど遊ぶといいわ」 微笑んでそう言ったミズキさんは、一人静かに酒を飲んでいたり、スマホを弄っていたり、色々だった。 ただ、こうやって時々会話に入って来ては、話しの進行方向を上手くミサを元気づける方へと誘導してくれた。 私たちが五杯目の酒を頼み、飲み終わるくらいの頃に、常連っぽい客の二人組と、一人で飲みに来たらしい女性が店に入って来た。 何故常連だと思ったかと言うと、彼らはママの名前を呼び捨てで呼び挨拶をし、女性も明るい声で「やっほー」なんて言って即、あいている席に座ったからだ。 ママもカウンターから身を乗り出して「いらっしゃーい!」なんて声を上げて、彼らや彼女がキープしているらしいボトルを慣れたように手に取る。 そんな様子を見て、ミズキさんは自分のグラスの酒を飲むペースを上げたので、私も察して同じようにした。 店内は広くはないのだ、長居はせずに、次の客が来店したら場を譲るべきだろう。 そう考え、私が立ち上がると、ミズキさんも財布を出して飲み代とチャージ料金を支払う。 占いの方は、金を取る為にやっているわけではない、とママが笑うので、私も言われた通りの金額をカウンターに置いた。 ミサは一人でオロオロとして、グラスに残った酒を一気飲みすると、慌てて席を立ち、ミズキさんに声をかける。 「あの!ミズキさん、お金…私、ちゃんと払います…!」 「いいのよ。今日の予定は、ミサさんを私の行きたいところに連れまわすだけなのよ。うたこさんは、どうしたいかしら。来る?帰る?」 「もちろん、行きますよ!」 「じゃあ、出ましょう。うたこさん、ミサさん、次に行くわ」 ドアを開けて外へ出て行ってしまうミズキさんに、ミサは小走りでついて行き、私は「ご馳走様でした!ありがとうございます!」とママに声をかける。 二人の後ろ姿を見失っては大変だと思い、すぐ後を追うと、ドアが閉まる直前に、ママの大きな声が私の背中を突いて、胸に達した。 「アンタ、しっかりしなよ!べっぴんさんじゃないの。本当はね…もったいないと、思ったんだよ!」 それは、私に向かって言ってくれた言葉なのか、それともミサに伝えようとしていた言葉だったのか、わからない。 けれど、最後の「もったいない」を考えたら、きっとミサへのものだったのだろう。 泣いている時間がもったいない、一番にしてくれない彼氏と付き合っている時間がもったいない、だから早く元気になりな。 愛してくれている相手に気づいて、幸せになりなさい、そう言う激励の言葉だったに違いない。 手を繋いで少し前を歩いている二人の元へやっと辿り着くと、ミズキさんがミサと繋いでいない方の手を私に差し出してくれる。 私ともまた、手を繋いでくれるのだ。 嬉しい、なんだか、心がすっごくあったかいよ、ミズキさん。 三人で仲良く手を繋いで横になって歩くと、ただでさえ狭い道はもっと狭くなってしまったけれど。 他に人も少ないし、次に行く店の場所も知らないし、ミズキさんは頼もしい人だし、とても優しい人だ。 「二、三件ハシゴしたら、ちょっと歩くのよ。だから二人とも、歩けなくなるまで飲まないように気をつけて頂戴ね」 「…あの、ミズキさん、…私、…ユウくんが、4時に帰ってくるんです。タクシーで、迎えに来てって…言われてて、約束で…」 「バカね。待たせておけばいいのよ。それに大人の男なのだから、一人で帰れないわけがないでしょう。ミサさんがタクシーのお金を支払うこともないわ。間違えているわよ。彼は、貴女に甘えているわけじゃないわ。たかっているのよ」 「…ミサ!ごめんね、私も、ミズキさんの言う通りだと、思うよ…?」 「………うん、…うん。うんっ!……私も、…ほんとは…わかってた…っ…」 「今日は遊ぶわ。ミサさん、今日は遊びなさい。さっきの言葉、取り消すわね。いいのよ、好きなだけ飲みなさい。好きなだけ酔っていいわ」 キッパリと言い切って、まだ暗い空を仰ぐミズキさんは、強気で、勝ちに行く、そんな迷いのない目をしていて、本当にカッコ良かった。 どうやら彼女は、決定的な言葉以外は、ちゃんと正しいことを伝える、そんな方法を選んだようだと気づいた。 そうか、そう言ったやり方でミサ自身に気づかせて、愛想を尽かさせる、なんてことも出来たのか。 私には、優しい言葉や、慰めの言葉や、無難でミサが傷つかない、ミサが鬼か幽霊になってしまわないような言葉しか思いつかなかった。 私がもしも、こうしてミズキさんと同じように、真実をたった一つでもハッキリと告げてしまったならば、ミサは錯乱しただろう。 けれどミサは、ミズキさんから言われる分にはきっと大丈夫なのだ。 ミズキさんは、ミサが尊敬している女性で、正しいことを言ってくれる女性だと、そう信じている人だ。 そのことを知っているミズキさんは、ミサの中でのミズキさんを演じてくれているのだろう。 俯いて声を殺して泣きながら歩くミサの手を、ミズキさんは離したりしないし、進む足も止めない。 そんな彼女を挟んで歩く私は、ミサに声をかけることも出来ないし、肩を抱いてあげることも出来ない。 でもきっと、これでいいんだと思う。 私も、ミズキさんのように、まだ夜空と言って良いのかどうか微妙な時間帯の、建物で埋め尽くされた紺色で視界を埋めた。 それから、幾つかの小さな店をミズキさんに連れられてハシゴした。 四つだっただろうか、それとも五つ? どこもとても狭くて、個性的な内装と店主が居て、出会う客は皆それぞれ不思議な人たちばかりだった。 私から見てその時不思議だった、と言うだけで、彼らや彼女だちは普段は普通でそんなに異色ではなかったのかもしれない。 わからない、雰囲気に飲まれてしまって、そう感じていただけなのかもしれない。 しっとりとした店もあったし、騒がしい店もあったし、それに慣れる前に長居はせずに、混みあって来たと感じたら次へ行く。 私たちは三人とも、各々好きなように、結構な量の酒を飲んでいたと思う。 勝手にその場その場でたまたま知り合った人と仲良くなって、席を自由に移動したりして、別々に会話を楽しんだりもした。 いつの間にかミサは泣き止んでいたし、それどころか大笑いしてはしゃいで見せたり、話している人に向かって相槌を打っていたり、まるでいつもの彼女にすっかり戻ったように見えた。 三件目の時点で、もう暑いし酔っていたし気分もいいし、私はボレロを脱いで丸めてバックの中に仕舞っていた。 証明が明るい店では、腕を守るレースの隙間から、見えてしまうものがあった。 ミズキさんは気づいただろう。 私の左腕の手首から肘までの皮膚が、赤や白の線で出来ていて、所々がはみ出してしまった肉で盛り上がっている状態であることに。 沢山の、煙草の火を押し当てた痕たちに。 当然、何も指摘しないし、態度だって何一つ変わらなかった。 だから私は、この人なら大丈夫なのだと、そう思ってしまったのかもしれない。 こんなに察しが良くて、気遣いも出来て、頭の良く回る、賢くて聡明な女性ならば、きっとわかってくれている。 知っているよね、見極めてくれているよね、予想出来ているよね、ミサの、ギリギリのラインを。 酔って、機嫌良くスキップをするミサの後ろ姿。 けれどそれはフラフラで頼りなく、片脚を引きずっている。 どうやら、上手く膝を上げることが出来ないようだ。 困った顔でそのリズム感のないスキップに振り回されるミズキさんと、それでも繋がれていた手。 それを照らす灯りは色んな色をしているけれど、影までは作れない。 次の店までは、少し歩くわよ、と言われた後で最後の店を出た。 二人の後ろをぼんやりとしてついて行く私は、安心しきっていた。 私は確かにミズキさんから、一つ注意をされていたではないか。 あの一言を、忘れてはいけなかったのに。
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