キヨシくんの動向

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キヨシくんの動向

意味わからないからやめよう。 今日も私は、一生懸命働けばいいのだ、それだけでいいのだ。 煙草を消すと、今度は鼻歌に「碧いうさぎ」を歌いながら営業ラインに返信をして行って、きりの良いところでブログを書く為に、自撮りの写メを撮ろうと考えてバルコニーへ行く。 着ているのは中村さんのTシャツだけど、無地の白だし、誰だって部屋着なのだろうと流すだろう。 部屋のものが何一つ映らない場所と言えば、空をバックにしてしまえばいいじゃないか。 と、薄い灰色がチラホラと現れたこちらの雨模様を予想させる水色の中心で、片手を目の下にやって、泣き真似をしているポーズで自撮りを撮る。 ブログの内容は、雨が降りそうだから皆さん濡れないように気をつけていらして下さいね、もしくは雨宿りにでも如何ですか?、と言うものにする。 それからは営業ラインの返信に、また返事をして、を繰り返しながら、時々来るナナさんからのラインだけ既読スルーする。 とても申し訳ないのだが、今日の私には、私以外のことを考えている時間はまだ来ないのだ。 けれど、さすがに5,6通目ともなると、気が咎めて来て、短い文章だけでも、と考える。 必死なのがわかるからだ、もしかしたら既にクビを言い渡されていたりすのだろうか。 『いっぱい失礼なことを言ってしまっていたなら本当にごめんなさい!うたこさん優しいから、頼ってしまいました!』 『わたしのブログ見て下さい、合ってますか?こんな感じですか?』 『あの、店の相談じゃなくて、恋愛の相談をしたら、うたこさんは聞いてくれますか?嫌じゃなかったらで大丈夫です!ちゃんと、仕事、うたこさんが教えてくれたみたいにやってみます』 『寝てたらすみません。もしかして、化粧がダメなんでしょうか、もっと派手にした方がいいんでしょうか?ドレスはまだ、いっぱいは買えなくて。三着しか持ってないんです』 『もしかして、店を変えた方がいいですか?どう思いますか、うたこさんは、他の店でも働いたことありますか?どんな感じか知ってたら教えて欲しいです』 『うたこさん、キヨシさんのラインは、わたし知らないです!交換してくれませんでした。でも、ブログにもいなかったから、探したんです。見つけましたよ!うたこさんに、知らせなくちゃと思って!』 私は、今来たラインを読んで、即行で返信を考え、今までの分にも出来るだけ全て答えようと長い文章を作る。 ついでに、ナナさんのブログも見てみなくては、と思ってすぐにそのページを開くと、随分と短くなった文章や、載せている写メなんかの印象が良いものへ変わったのではないかな、と感じた。 私服のコーデの写メは相変わらず可愛らしいし、今日のお昼に作ったと言うパスタの方の写メも美味しそうだしお料理上手なところをアピール出来ていると思う。 文章の方も素直で正直に『まだ全然接客が上手く出来なくて、お客さんがいません!でも、お酒を飲むのもお話するのも大好きです!良かったら少しでもわたしのことを知ってほしいです!失敗していたら、教えて下さいね』なんて、絵文字いっぱいで、ちゃんと普通の良いコなブログを綴っている。 良かった!どうにか何かは伝わったらしいと思うと、ホッと一安心する。 余計なポエムもなくなっていて、いや、あのポエムはもしかしたらある意味必要だったのかもしれないが、人気が出て来てからまたやれば良いのだ。 これだったら、ナナさんにだって指名のお客さんがそのうち出来るのではないだろうか。 そんなすぐには状況は変わらないかもしれないが、続けて行けば、そのうちなんとかなるのではないだろうか。 『寝ていました、読んでいたのですが文字が打てなくてごめんなさい。ナナさん、ブログ良いと思いました!頑張って、こんな風なブログを継続してみると良いんじゃないかなと思います!それと、恋愛の話ってなんですか?私、あまり良い相談相手になれる自信はないですが、話しを聞くことくらいは出来ます。化粧とかドレスは、髪型だけ変えてみたらどうでしょうか。化粧は、そのキャストのコの個性なので良いと思います!ヘアメで雰囲気変えてみると自分でもやる気が出たりしますよ!あと、私は今の店しかいたことないです。スナックならやったことありますよ。何にせよ、お店によると思いますよ。キヨシくんのこと、ちょっと色々教えて欲しいです。彼は、ブログを退会してしまったわけではなかったんですね?』 物凄い長文を送りつけてしまったので、返事を打つには時間がかかるだろうと予想して、私は深緑色のクッションへ戻ると、再びスマホを充電器に刺し、煙草に火をつけた。 ナナさんに文章の意味が、通じてくれると良いのだけれど。 碧いうさぎでいい、私はそれでいい、真実だけが救ってくれると言うならば、さっきのが答えで良いのだと思う。 二人とも「したくないなあ」って言った、それが答え。 だから私はもう真実を知っていて、救われているのだ。 こうして煙草を吸って、営業ラインをして、時々化粧を直して、ミネラルウォーターを黒猫柄のマグカップにわざと注いで飲む。 と、意外と早く、ナナさんからラインが届いて、私はユウキさんに打っていた文章を急いで完成させると送信する。 ユウキさんに、ブログをやっていると言ったら見てみたいと言ってくれたので、URLを送って、時間のある時、暇つぶしにでもして下さい、と文章をつけた。 ナナさんは、私からの長文ラインを一応は読んでくれたらしく、なんとなく理解はしてくれたらしい、多分。 『ブログ、褒めてくれて嬉しかったです!今までより、簡単に書いたのに、アクセス数が上がったんですよ!すごい!恋愛相談、乗って欲しいです!わたし、彼氏と別れたくないなら、他の店に行った方がいいってマネージャーに言われてるんです。彼氏もそうしろって言うんです。でも、私は彼氏と一緒が良くて。どうしたら、怒られないで一緒に働けると思いますか?それとキヨシさんはプロフィールのアイコンも名前もそのままでした!わたしたちのフォローを外しただけで、日記書いてますよ!URLこれです!』 相変わらずナナさんはとてつもなく軽率に、彼氏と同じ店で働いてます、なんてことが一発でわかる内容を私に送って来た。 いや、いいのだけれど。 他のキャストのお姉さんや、店長や部長にはバレたらまずいとわかっているのだろうか。 でもやっぱりナナさんは、ヒロトくんのことが好きで、一緒に働いていたい、同じフロアにいると思うと元気づけられる、と言った感じなのだろうか、と思える。 それは置いといて、私は一旦『ありがとうございます、返事少し待っていて下さいね』とだけナナさんに送ると、送ってもらったURLに飛ぶ。 そうそう、キヨシくんのアイコンはこれで、名前はこれだ。 プロフィール欄は空欄で何も書かれていないが、無題、と言うタイトルで5,6つの記事が上がっていた。 恐る恐る何が書いてあるのかを確認しようとするけれど、勇気が出なかったので、URLをコピーして中村さんに『すみません、キヨシくんのブログです。先に見て欲しいです』とラインで送った。 せめて一緒にいる時だったならば、見ることが出来たと思うのだけれど。 遺書だとか恨み節だとか、呪いだとかが書いてあったら、テンションが下がるので嫌だと思った。 頑張って働きたいので、テンションは上げておきたい。 続けてナナさんに、さっきのラインの返事をしてしまおうと思っていると、すぐに中村さんのライン画面にポンと短い文章が送られて来た。 『見ても大丈夫だと思うけど。変なこと書いてなかったと思う、俺は』 マジだろうか、そうなのだろうか、大丈夫だと中村さんが言うのなら大丈夫なのだろう。 でも私のメンタルは虚弱だし、果たしてどうだろう。 気にはなるけれど、そりゃあ気にはなる。 でも半面、どうでもいいと言う気もする。 もう私とは関係のない人で、私の心を一応は金で買った人で、そうか、買ったんだったこの人は。 金額を支払ったのだった、ちゃんと。 では、見て、何かキヨシくんが納得できるようなコメントの一つでも残して、スッキリしてもらった方が良いかもしれない。 そう思ってしまったのだ、私は。 もう、放っておけば良いと言うのに、やめておけば良いと言うのに、私と来たら。 指が、ナナさんから送られて来たURLに触れてしまう。 「……そっか」 一つずつ、読んで行く。 写メも何もない、改行すらされていない、スマホで長い文章を書くことに慣れていない人が、熱情だけで突き動かされているように、ひたすら書いた、と思えるそんな文字たち。 長いものもあれば、短いものもあったし、その内の一つは全てひらがなで、酔っぱらって打ったのではないかなと思えるようなものだった。 とにかくまあ、うん。 「……諦めて、ないのか」 私は身震いしてしまう。 怖いとかよりも、気色が悪いと思ってしまったのだ。 人様のことを、例え私を人間扱いせず値段をつけて心を手にいれようとした相手のことだとしても、そんな風に感じたのははじめてだったような気がする。 薄ら寒いと思ったし、純粋で無垢なだけでは人間は生きて行けないと言うのに、哀れだとも思った。 だって、それってちゃんと学ぼうとしていないのと一緒だから。 そう、私は考える人間だった。 内容は、私を攻撃したり、評判を悪くする為の醜聞のでっちあげであったり、ストーカー行為にあたるようなものであったり、…そう言った類のものではなかった。 ただ、私に会うことが出来るのは店だけになってしまった。 私と連絡をとることが出来なくなってしまった。 それはきっと自分のせいだ、と言うことはわかっているようだった。 大きな勘違いはしていたが、私のせいだ、とは思っていないようだった。 なんとキヨシくんは、自分が金持ちじゃないのが悪いからだ、と考えたようだった。 どうやら、タツくんが紹介してくれたと言う仕事を頑張っているらしいことも読み取れた。 私は何を、コメントに残すべきだろうか。 一つだけでいい。 でも、どちらを選ぶべきだろうか。 キヨシくんは、私のブログのフォローを外したが、見てはいるのだろう。 それがなんとなく、透けて見えるような文章も書き残していた。 そうだな、だったら、うん。 お望み通りの「キャバ嬢のうたこ」がしそうなことをしようか。 そう決めると、一番新しいブログのコメント欄を開いて、無慈悲なのか慈悲深いのかどちらなのか、そんなものは一切ないのか、とにかく一文だけ書いておいた。 『頑張ってね、また遊ぼうね。私、いつでも待ってるからね』
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