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恋ってやつは
今日は病んでいるから店に行きたくない、なんてワガママを言ってみたい。
そうしたら、彼は私のことを励ましてくれたり、優しい言葉をくれたり、なんとか出勤させようと、アレコレ色んな手をつかって機嫌を取ってくれたりするのだろうか。
それとも、まだそんな特別なキャストにはなれていないのかな。
マネージャーならいい。
弱みを見せたい。
わざと、見せたい。
…知って欲しい、私のことを。
嫌わないでくれるのか、試してみたい。
そんなことを考えていた。
「私言うよ、今日同伴キャンセルされたから行く気なくしたとか、嫌いな客が来店するって言ってるから休みたいとか、平気で言う~」
「そういうもん?」
「うん、そのくらい普通普通、みんな言うって」
「そうだったんだあ」
「うたちゃん、真面目だからなあ」
そう言ってミサはおかしそうに笑った。
まあ、確かに休みたい理由くらいは言っても良かったのかもしれない。
相談事、はともかく。
でも、休みたい理由だって相談事に含まれるのではないだろうか?とも思える。
ううん、悩ましい。
「じゃあ、外で会ったりは?」
「いや、ないない。それはない」
「やっぱ、だよね」
「だってそんな理由ないもん」
「あ、それもそうだね」
そうだ、理由がない。
外で会う理由なんてない。
電話で相談、で良いではないか。
私ってば考えが飛躍し過ぎていたかもしれない。
マネージャーと店内では相談出来ない内容の話だったら、外で会って話す場合もあるのかと思ってしまっていた。
ああ、恥ずかしい。
やっぱりすっかりのぼせ上っていたんだ。
せっかく部長が釘を刺してくれたのだから、しっかりしなくては。
私は頑張ってNo上位入りをして、なるべくそれを維持する為に営業に励むのだ。
そうすれば、部長も、店長も、他の男性スタッフも、何よりマネージャーも、私のことをもっと店に必要なキャストだと思ってくれるに違いないのだ。
そうすれば、それなりの接し方をしてもらえるようになる。
だって、私はまたマネージャーに褒めて欲しい、あの、はじめて見た笑顔で。
ミサと同じように、他のキャストとは違う扱い方をして欲しい。
いつの間にか、マネージャーのことが気になって仕方なかった。
それは、確実にミサとマネージャーのやりとりを長いこと見ていた為だ。
だからこれが恋なのか、好きと言う気持ちなのかとか、そんなことはサッパリわからなかった。
でも私はどうしてもNo上位入りを果たすキャストになりたかった。
ミサのようになりたい。
ミサのようにマネージャーと仲良くなりたい。
そう思ってしまう。
そんな私のめちゃくちゃな思考を遮るように、お通しの枝豆と生ビール、梅酒のロックに焼き鳥がやってくる。
店員が、ミサに向かって「ここで寝ないで下さいね」と苦笑しながら注意する。
ミサはこの店で酔っぱらって寝てしまったことが何度もあるからだ。
「うたちゃん、相談あるなら私が聞くよ?」
「ううん、今のが相談だったの。規則ってどこまでが規則なのかあんまりわかんなくて」
「マジ、真面目すぎ。守ってるのうたちゃんくらいだったりして」
「ええ?そうかなあ??」
「だって、ボーイと付き合ってるコとかいるよ」
「はあ?マジで?」
「いるいる。あんま興味ないけど」
あっさりと明かされた真実。
本当だ。
バカ真面目に規則を守っていたのは私だけなのかもしれない。
でもまあ、バレたら罰金か、クビだし、それは嫌だから私は規律はなるべく守るつもりだけれど。
相談事は、電話でならまあOKの範囲内なのであろうと、とりあえず自分の中で「バカ真面目」をゆるめてみる。
でも、ミサの彼氏がロクデナシかもしれないから別れさせたい、だなんて、そんな相談事はアリだろうか?
それこそマネージャーにも、店にも、全く何の関係もないことなのに。
いや、でも店に連れて来ちゃってたからな、ミサ。
そうだ、そのお金。
今日ミサが、自分の彼氏だと言う指名客と共に同伴出勤して来て、ラストまで何本も入れたボトル代と、チャージ料金、そして指名料金の合計のお金。
それはミサが出したいから出したのか、それとも彼氏が出せと言ったのか。
何よりその彼氏ってやつは、一体どういう良いところがあってミサのことをこんなに夢中にしているのか。
知りたい、教えて欲しい。
私は当たり前に、友達が友達の彼氏の話を聞いてみたいだけ、と言う体を装って、声を荒げないように気を付けてミサに問う。
「私、指名のお客さんについてたから、ミサの彼氏のこと見れなかったよ~」
「あ、そっか!うたちゃん今日も、精神科医のセンセ来てたよね」
「そうそう。ミサの彼氏と話してみたかったなあ」
「今度連れて来たら、うたちゃんのこと場内入れるね」
「無理にはいいよー」
「だって話して欲しいし!紹介したいじゃん」
なんだか、まるでミサが「場内入れる」みたいな口ぶりじゃないか。
ミサが、ミサのお金で場内のキャストの分も出す、みたいな。
私は、ミサの彼氏のことを全く知らない癖に悪いように思い過ぎているのだろうか。
第一印象も何も、姿も知らない。
今までミサから聞いて来た「片思いしている人」の話としてしか知らない。
それだって、ミサは「なんで振り向いてくれないのかなあ」が口癖で、その彼が一体どんな職業についていて、どこで出会ったのか、今はどのような関係なのか、そう言った内容を聞かされていたわけではない。
私が知っていることと言えば、ミサはだいたい3か月くらい前から「片思い」をしていた様子で、まるで夢見る少女のようにその相手に夢中っぽかった、と言う、ただそれだけ。
ちゃんと話を聞けば良いところもある人なのかもしれないのだから、聞いてみよう。
そうして私は、なるほどそっかあ!と、安心したかった。
まあ、それでも。
ミサからカッコイイハイヒール姿を奪ったことには、変わりはないけれど。
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