違わないでしょ

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違わないでしょ

じゃあ、本当に頑張っているただの上京組の若者なのかもしれない。 もしくは、元々都内近郊に住んでいて、バンドマンをやっていて、デビューを目指して一生懸命活動している健気な男なのかもしれない。 ー 女にたかって貢がせて生きている類のバンドマンでなけれ。 「今日ってなんで同伴して来たの?彼女がキャバ嬢だったら、嫌だって思う人もいるじゃん?」 「ユウ君は気にしないって言ってくれたの。今日は私が遅刻したら罰金なんだよねって言ったら、同伴してくれた。同伴なら罰金ないからね」 「へえ!いいコだね」 「キャバクラ行ったことないし、行ってみたいって言ってたし」 「そうなの?じゃあ、興味あったんだ、えっと、ユウくん?が、キャバに」 「とりあえずお金は私が渡しておいたんだけど」 「は?」 やっぱそうじゃん、ダメだ。 ダメな方のパターンだ。 どうしよう、なんて言ったらいいのかわからない。 今のミサには多分何を言っても無駄な気がするし、私がそのユウくんのことを悪く思ってるのが伝わってしまったら、下手したら友達じゃいられなくなってしまう可能性がある。 ミサは恋愛体質っぽいし、好きになった人に尽くしてしまうような女だと思う。 そして相手をダメにしてしまうような、そういうタイプの女な気がする。 客の扱いは上手い。 でも、相手が好きな人、の場合は全くそうではないのだ。 それは、元彼がDVモラハラがひどかった、はじめはとても優しかったしラブラブだったのに、と言う話を以前聞いたことがあったので、なんとなくの私の推測でしかないのだが、相手を敬い愛し過ぎて、調子に乗らせてしまうのではないだろうかと考えていた。 過去の話を聞いたり、片思いをしていた時のミサの様子からしても、多分そういう女なのではないだろうか、と言う結論に達していた。 「あ!違うよ、違うんだ!バイト代入ったらちゃんと返すって言ってくれたんだよ!」 「いやあ、違わないでしょ」 「…何が?」 あ、しまった、ついポロっと本音が。 ミサが私に怒ったことは今まで一度もなかった。 今だって、まだ怒ってはいない。 ただ、訝し気な表情で私のことを見ているだけだ。 窺っているだけだ。 私がどう思っているのか、を。 でも、ああ、ええと、と私が頭の中で色々と考えているうちに、ミサは店員を呼ぶと、私の為の梅酒のロックと、自分のおかわりの分の梅酒のロックを頼み、気を取り直すように焼き鳥に美味しそうに齧り付く。 うん、ちょっとブレイクタイムして、そんで、それからちゃんと聞こう。 私はミサの機嫌を損ねないように、改めて普通の声のトーンを心がけて問いかける。 「ミサは、ユウくんのどんなとこが好きなの?」 「えーっと、とにかくめちゃくちゃ優しいの。でも、曲?とか作ってる時は超冷たい、どっか行っててって言う。でもそれは邪魔しちゃダメだし、私が構ってー!ってするのが悪いから」 「優しいんだ。まあ、確かに何かに集中したい時は仕方ないよね」 「うん、優しいよ!あと、甘えっこで、すっごく可愛いの」 「年下だもんね。でもさ、ミサ」 「うん」 「もう店には呼ばない方がいいよ、もしバレたら罰金かクビだよ?」 「あー…ね」 ミサは半分どうでも良さそうで、半分は悩んでいるような、そんな感じで言葉を濁す。 そうは言ったが、私はミサはクビにはならないと思っていた。 うん、ミサは彼氏を店に連れて来たくらいでは絶対にクビにはならない、そのくらいわかる。 ミサはNo上位で、店への貢献度もかなり高いキャストだ。 もしミサをクビにして、ミサが他のキャバクラへとうつってしまったら、ミサの指名客もみんなそちらの店へ大移動してしまうだろう。 そのくらい予想がつく。 ゆえに、店は、ミサのことをクビにしたりはしない。 「それに、ユウくんは若いから、そんな若い子が来るの珍しいしすぐに気づかれちゃうよ」 「うー、確かにそうかもー」 「だから、店には連れてこない方がいいと思うな」 「うん、なんかそれは、そんな気がして来た」 梅酒のロックが二人分やってくる。 ミサはすぐにそれを一口、二口、と飲むと、納得の言ったような顔で私に微笑みかけてくれる。 頬が赤いので、また酔っぱらって来たのだな、とわかる。 とりあえず、そのユウくんとやらの為に、ミサが身銭を切って自分の店に彼氏を連れてくるなんて言う事態は防げそうだ。 私はほんの少しホッとする。 もしミサが、ユウくんの為に普段私生活でお金を遣っていたとしても、そこはもう私が踏み込む領域ではない。 付き合っている恋人同士でのやりとりなのだから、ただの店での親友でしかない私が口を出してもいいようなことではないのだ。 心配だし、寂しいけれど、なんだかそういう線引きが私の中にはあった。 ミサも、マネージャーも、店での関わり。 店での付き合いでしかないのだ。 でも、19歳の頃の私にとっては、その時はそれが全てだった。
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