初めての夜職

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初めての夜職

私が初めてキャバクラで働き始めたのは18歳になって半年ほど経ったころだっただろうか。 元々はじめはスナックに勤めていた。 中野区に住んでいたのだが、お店は中野区の西武新宿線のとある駅の近くにあった。 もちろん、西武新宿線を使って通勤していた。 お給料は確か、時給2000円くらいだった。 当時通っていた専門学校が終わり、友達とカラオケや食事なんかを楽しんで数時間を過ごし、夜の20時には間に合うように出勤する、と言う生活を送っていた。 その頃はまだ週2、3と言う頻度で働いていた。 私はスナックで働くにしては若い女の子だと言うこともあったし、何より酒にとても強く、いくらでも量を飲むことが出来たのでママには喜ばれ、優遇されていた。 ついでに言うと昭和の曲や歌謡曲に詳しかった。 これは本当にたまたまで、田舎で祖父母の家なんかに家族で泊まると、酒を飲んで酔っ払った祖父や父が良く色々な曲を歌っていたのだ。 それと、高校にろくに行く気のなかった私を、なんとか高校に行かせようと母が車で幾つか先の、高校のある町まで送ってくれたのだが、その車内でも昭和の曲や歌謡曲が流れていた。 バリバリのメンヘラであった私は、それらの曲を聴きながら、ああ今日地球終わんねえかな、なんてことを良く考えていたものだった。 このだいたいの夜職、つまりスナックやキャバクラで「キャスト」として働く上での、必要な知識やルールなんかを、私はこのスナックで覚えた。 客が煙草を出したらライターを用意して、口にくわえたら火をつけなければならないこと。 酒は基本的に私が作ること。 グラスの中身が減って行けば、そろそろ新しいものを、と気を配ること。 卓の上にあるボトルは、銘柄が見えるように客に向けて置くこと。 水割りの作り方や、カウンターの内側にあるアイスボックスへ行き、氷がアイスペールからなくなる前には気づき、頻繁に補充しに行くこと。 グラスに水滴が浮かんだならば、ハンカチで拭いてあげること。 カウンターを任された場合には、洗い物をしながらも、目の前に座る客への接客もきちんとこなすこと。 スナックの場合は、ほとんど待機と言うものがなかった。 客が少なくても、スナック嬢には「指名」や「場内」と言うものがなく、何人でも「お願いしまーす」なんて言って、一気に数人のコがついてしまって大丈夫だったりした。 他の店のことは知らないので、「この子しか嫌だ!」と言う客ももちろんいるとは思うのだけれど。 私が働いていたスナックは、こんな感じだった。 そしてわかったことがある。 何より私は、夜職と言う仕事の接客に向いていた。 性格がもうそうなっていた。 男性を怒らせない、男性に嫌われない、男性に媚びへつらって、どのような女性ならば好みなのかを見極め、そのように振る舞うことが出来た。 褒めて立てて、ひたすらおだてて、時には話を真剣に聞き、頷いて話に合うであろうぴったりの相槌を打つ。 そう言ったことが、自然と身に付いていたのだ。 大人数でおとずれた客たちの間に入ることになったとしても、一気に何人の相手をすることも出来たし、卓の上の氷の減り具合や誰かが煙草をくわえる気配にだってすぐに気づくことが出来た。 「愛想が良くて、天真爛漫、無邪気で場を盛り上げることが出来るが、一対一ならば話をよく聞いてくれる、察しの良い、気の利く女の子」 それが、このスナックでの私だった。
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