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寝坊をした日
私はその日、寝坊をした。
いや、寝坊ならば、普段からそこそこしていたが、店に遅刻をしたことは一度もなかった。
でも今日は本当にギリギリの時間に起きてしまって、タクシーで行っても間に合うかどうか、むしろ電車とダッシュの方が早いのではないだろうか、と頭を抱え、オタオタとしながら慌てて化粧をしていた。
マネージャーからの出勤確認のラインが来ていた。
けれど返事を打っている時間も惜しかった。
なんとか化粧は終えたが、髪を巻いている時間はなかった。
今日はもう仕方がないので、店のヘアメイクスタッフに頼んでやってもらおう。
少しお給料から引かれてしまうけれど、遅刻してしまうよりはマシだ。
私は頑なに「遅刻、無断欠勤をしないキャスト」であることに拘っていた。
男性スタッフたちや、キャストのお姉さんたちに、そういう印象を持ってほしかったのだ。
真面目で一生懸命で役に立つ、自分たちの益となるキャスト。
そう思われていたかった。
店に着いたらすぐにドレスに着替えられるように、脱ぎやすい水色の小花柄のワンピースを選んですぐに着替えると、スマホと化粧ポーチと名刺入れをカバンにぶち込んで香水を手首で擦り合わせる。
ああ、もう行かなければ、間に合わないかもしれない、間に合わなかったらどうしよう、哀しい、昼に寝付けずに焦って睡眠導入剤を追加しすぎたせいだ。
もう眠剤の追加は絶対にやめよう。
相も変わらずメンヘラであった私は、もちろん心療内科にも通っていたので、バッチリと色々な薬を処方されていた。
その中には不眠を改善する為の睡眠導入剤も含まれていた。
私は昨夜店を上がって自室に戻って来て、シャワーを浴び、化粧を落とし、ベッドに入ってもあまりにも寝付けず、睡眠導入剤を一粒飲んでも眠気は来ず、二粒飲んでも眠気は来ず、そうして結局昼間まで眠ることが出来なかった。
はじめは仕方なしに、そのうち眠くなるだろうと、コンビニで購入して来た焼酎を一人で部屋で飲んでいた。
しかし、昼の11時を回る頃、結局は焦り、睡眠導入剤、つまり眠剤を最後に五粒飲んだ。
合計七錠の眠剤を、アルコールで体に流し込んだ。
酒でそういう類の薬を飲むことは良くないと言うことはわかっていたが、何せ酒を飲んでいない日など一日たりともないような生活を送っていたので、それはもはや当たり前の光景となっていた。
一応、出勤できる状態になり、慌ててハイヒールを履くと部屋を出て鍵を閉める。
私の部屋は五階建てのマンションの二階にあったので、エレベーターを待つよりも階段で行った方が早いような気がして、階段をカツカツと10センチあるハイヒールを鳴らして駆け降りる。
小さなフロアに降り立つと、自動ドアを出て、駅までのんびりと歩いて15分程度かかるところを猛ダッシュでなんとか5分。
駅に辿り着き、息を切らせて切符を買い、改札を抜けてホームへとたどり着く。
つま先が痛い、と思い、その場でヒールを脱いで確認してみると、右足の人差し指の爪が剝がれかけていた。
ああ、何もかも私の寝坊癖が治らないせいだ。
目覚まし時計をもっと買わなければ。
今あるのは三つ、五分おきにかけている。
スマホの目覚ましアラームだって沢山かけていたけれど、眠剤で眠る私は無意識にスマホの電源を落としてしまう。
ヒールを履き直してため息をつくと、マナーモードにしていたスマホが震える。
しまった、そうだ、店、店だ。
店に、マネージャーに、ちゃんと連絡を入れなければ。
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