後戻りできない

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後戻りできない

私は結局その日、めちゃくちゃに酔った。 同伴で沢山飲んでしまった日本酒がいけなかったのかもしれない。 いや、その後からの、指名客が入れてくれた焼酎やブランデーのキープボトル、シャンパン、カクテル、ふざけて最後の一杯に選んだテキーラなんかの、たくさんの種類の酒を気にもせずにちゃんぽんしまくっていたのがまずかったのかもしれない。 とにかく酔っぱらってしまって、それでもラストまで居てくれた指名客についている間だけはなんとか本来の激しすぎる喜怒哀楽を隠し通し、笑顔で楽しそうに会話をし続けた。 私は、どうにか最後まで、自分の為に店に訪れてくれる指名客のことを楽しませることが出来た。 ヨシキくんが帰った後、残っていた指名客に、私はシャンパンを頼んでもらうことに成功した。 ボトルを入れてもらい、キープしてもらうことにも成功した。 簡単だった。 ちょっと、「今日は酔っぱらっちゃって」「本当にごめんなさい」なんて申し訳なさそうに言って、「貴方と同じお酒が飲みたい」だなんて、今までの私からしたら考えられないようなワガママを言ってみた。 酔いに任せたまま、まるでその客に恋愛に近い好意を抱いているかのように見せかけて、そういう振る舞いをして、しなだれかかるなり、腕を絡めるなりすれば、それだけでことは上手く運んだ。 普段の「真面目で無邪気で、色恋を仕掛けてこない、一生懸命で愛嬌のあるキャスト」が、「酔えば女として甘えてくる」と言うのは、どうやらオーダーを取ったり、ラストまで居てもらったりするには、とても都合の良い方法のようだった。 多分このやり方は相手にもよる、と言うことはわかっていたので、どのような性格の客で、何を目的として店に来ているのか、私に何を望んでいるのかを見極めて使わなければならないと考えた。 その日残っていた指名客たちには、このやり方は有効である可能性が高い、とそう思えたのでそのように行動をした。 それが上手く行った。 ただ、それだけだった。 私は、残り一時間と言ったところで、さらにシャンパンを入れてくれた上、ラストまで残ってくれた指名客を送り出す際には、ヨシキくんにしたのと同じように腕を組み、肩におでこを寄せてフロアを歩いた。 店の出入り口である自動ドアを出たところの踊り場で、その指名客に「また来てくださいね、会えないと寂しいから」と言って、可愛い子ぶる。 その客もヨシキくんのように「ラインするね、また来るよ」と、私に告げると上機嫌で帰って行った。 そうして、その指名客の背中が見えなくなるまで手を振って見送ると、なんだか急に脱力してしまう。 ふう、と息を吐くと自分で思っていたよりも肩がガクンと下がったような気がした。 他のキャストのお姉さんたちもそれぞれの指名客や、フリーでラストまでいた客たちと共に自動ドアを出て踊り場にやって来る。 私は邪魔にならないようにと、すぐに店の中へと戻ると、着替えなければならないと言うのに、つい待機席へと座り込んでしまう。 頭の中が急にぐるぐるとして来た。 さっきまではなんとか理性が働いていたけれど、「仕事が終わったんだ」と思うと、何かが切れたかのように、動くことが出来なくなってしまった。 ロッカールームへと着替える為に向かう他のキャストのお姉さんたちの姿をぼんやりと眺め、それでもいつもの習慣で「お疲れ様です」と声をかける。 「お疲れ~!」なんて、いつもと何も変わらない返事が返って来て、私はホッとする。 私が変わってしまったことなんて、誰にも関係はないし、誰も興味なんて持っていないし、これからもキャストのお姉さんたちからの私への扱いは変わらない、と思えて安心した。 中々立ち上がれない私の元に、私と同じように酔っぱらっているミサがドレス姿のままやって来ると、すぐ横に座ってニコニコと笑っている。 私が「お疲れ、ミサ」と言うと、ミサは「お疲れさまあ!」と間延びした声で、相変わらず私の腕に自分の腕を絡めて来た。 ミサにとっても、私の接客態度が変わったことは関係ないし、興味はないんだな、と思った。 ミサが眠ってしまわないうちに、私も送りに乗り損ねないうちに、着替えをしなくては。 早く、帰りの準備をしなくては、と思うのに、やっぱり体に力が入らない。 もう、今日は送りは諦めてタクシーで帰ろう。 ミサと、一緒に帰ろう。 そう思っていたら、ミサが私に「これからアフターなんだけど、うたちゃんも来る?」と聞いてくる。 どうしよう、と思った。
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