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相談したいこと
私は迷っていた。
ミサと一緒に帰るたび、一緒にご飯を食べに行くたびに、ミサは彼氏の話を私にした。
とても仲が良いようで、もう今はミサの住んでいる部屋に引っ越して来て、既に同棲をしていると言っていた。
可愛い年下の彼氏なのだ、ミサからしたら面倒を見てあげたい、可愛がってあげたいと言う母性本能が働くのだろう。
彼氏と仲が良いのは良いことだし、いくら私から見て「それはちょっと」と思うようなことがあったとしても、突っ込むわけには行かない。
そんな立場ではないし、ミサの恋愛はミサの自由だ。
私から見て「それはちょっと」だとしても、ミサが自分の意志で、自分の方からそうしているのだったら、私が言えることなど何もないのだ。
ミサは、部屋の家賃を折半すらしておらず、どこかに一緒に出掛けても全て自分が支払っている、と言う状況に何故か疑問を持たない。
いや、もしかしたら持っていたのかもしれないが、好き過ぎて、一緒にいられるのであればその程度のことなどどうでも良いと感じていたのかもしれない。
なんとなくだが、ミサの彼氏はもう、バイトすらしていないのではないかな、とそんな気がしていた。
私はミサに、それおかしいよ、彼氏に金銭的に尽くし過ぎだよ、と言うことが出来ずに悩んでいた。
そんなことを、マネージャーに相談しても良いのだろうか?
ミサは、店では何一つ変わらず前までと同じような接客をし、指名客を沢山呼び、時々は同伴やアフターへ行き、そうして時々は酔っぱらい過ぎて、男性スタッフや私に宥められ、抱えられ、タクシーで帰宅する。
何も変わってはいなかった。
店にある程度の迷惑をかけても許されるキャストであり、それほどの貢献も出来る、そんなキャストだ。
だったら、ミサの私生活の相談を、わざわざ店と言う繋がりしかないマネージャーにするのはおかしいのではないだろうか。
昼の10時前。
とりあえずマネージャーにラインをしてみる。
『お疲れ様です、起きてますか?相談、いいですか?』と、それだけの短いラインだ。
絵文字も、本当は苦手なのでつけない。
客へのラインと同じように、可愛らしい文面を作り、絵文字で飾り立てた、そんなラインをマネージャーにはなんとなく送りたくなかった。
返信はすぐに来た。
もう自室に帰っていたのだろう。
男性スタッフはキャストたちよりも早く店に出勤する。
営業準備や、ミーティングなんかがあったりする為だろうと思う。
マネージャーはあまり睡眠時間がなくても大丈夫なタイプなのかな、なんて思いつつ、ラインの通話ボタンにはなかなか触れることが出来なかった。
『起きてるから、電話してこい』
それだけだったけれど、私はなんだかドキドキとして躊躇っていた。
はじめて、出勤確認や、仕事に関係している内容以外のことを電話で話すのだ。
本当に大丈夫だろうか、いいんだろうか、そんな話なら切るからな、と言われてしまわないだろうか。
そのくらいの判断も出来ないなんて、と呆れられてしまわないだろうか。
私は、とりあえず二つ出来てしまった相談のうち、ミサのことは後にしようと決めて電話をかけた。
「すみません、マネージャー、疲れているところ」
『お、うたこ、お疲れ。なんだった?相談って』
「あの、私、最近何人かのお客さんへの接客の仕方を変えたんですけど」
『ああ、そうか、そのこと』
「そうです。マネージャーは気づいてますよね。それで、あのやり方って、他のキャストのお姉さんたちに迷惑かけてませんか?」
『うたこ程度だったら全然大丈夫だから、気にしなくていいよ』
「そうなんですか、良かった」
まず一つ目の相談は、私が色恋営業を何人かの指名客に始めたことで、他のキャストのお姉さんたちが困っていないかが気になっていたので、そのことを訊ねた。
私があまりにも指名客と恋人同士のような雰囲気でいたら、他の卓にいる客が、自分についているキャストのお姉さんに「ああいうことして欲しい」とか「イチャイチャしても良いのだ」と思い込んでやり始めてしまって、キャストのお姉さんを困らせていたり、など、そう言ったことが起きていないかが気がかりだった。
まあそうは言っても、私の色恋営業なんてミサに比べたら全然軽いものではあったのだけれど。
『うたこが、色んな接客の仕方を覚えていくのはいいことだから』
「…はい」
『それはダメだと思ったら、ちゃんと俺から言うから』
「わかりました」
『他には、大丈夫か?』
「あ、あの、えっと!」
言おう、言うだけ言ってみよう。
普通の友人とかにする相談みたいで申し訳ないけれど、でも私にはミサのことを相談できる友人はいないし、ミサを知っている共通の友人もいないし、それに他の友人にミサのことを相談して、ミサのことを悪く言われるのが何よりも一番嫌だった。
『ミサのことか?』
「え…あ、はい」
『大丈夫だ、話してみろ、ミサには言わないから』
「あ、ありがとうございます。えっと、ミサ、彼氏がいるんですけど」
『ああ』
「その彼氏がミサに何もかも、全部お金を払わせていて、絶対変だと思うんですけど、私、ミサに言えなくて」
『そうか。まあ、ミサも大人だし、考えてはいると思うけどな』
「でもミサは、すっごくその彼氏のことが好きで、愚痴だって一回も聞いたことなくて」
『うたこ、ミサにはミサの生き方があるだろ。おまえにはおまえの生き方があるのと同じで』
「あ、…、」
『人の人生だからな。好きにすればいいと思うんだよ、俺は』
「…、本当…なんか、私お節介だったかも、ですね、私」
『仲良いからな、おまえたちは。うたこからしたら、ミサがそう言う扱い受けてたら、嫌かもしれないけどな』
「…はい。目をさまして欲しいって思ってました」
『それもいいと思うよ。ただ、ミサはミサのままだろうな』
「うん…多分、私の話なんて聞かないと思う」
『割り切るの、大変かもしれないけどな。ミサはミサの人生を自分で決めて進めばいいんじゃないのか。俺はそういう考えだな』
「…ありがとうございます。私、ちょっと考えてみます」
『まあ、悩め悩め、若いんだから』
「そう言えば、マネージャーって何歳なんですか?」
『俺は29だよ。まあ大人でもないか』
「そうだったんですか!結構年上だったんですね」
『俺はあんまり、年齢っての、気にしたことないからな』
「そう言えば、私もそうかも」
『まあ、人によるよな、年上でも幼く感じるやつもいれば、年下でも悟ってるやつだっているし』
「確かにそうですね、人によるのすごくわかります」
『まあ、うたこは日頃から年上に囲まれてるから』
私たちは、ちょっとした長話をした。
長話と言っても、たかだか30分、40分のことだったけれど、私はマネージャーの私生活の中に少しだけでも入り込めたような気がしてワクワクとした。
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