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「嘘じゃない」
「まずは、うたこ、おめでとう。本当によく頑張った。おまえは、本当によくやったよ」
「…あ、ありがとうございます!!」
「No2だからな。撮影もしないと」
「…さ、撮影ですか?」
「雑誌とか、ホームページ、まあ店のサイトに載せる用だけど、大丈夫か」
「え、はあ、多分…?」
撮影。私の撮影?雑誌って、何の雑誌に載るの?ホームページって、店の?その店のサイトに、私が載るってこと?
まさか、両親は東京にあるキャバクラの店の紹介をしている専門の雑誌なんてまず手にとることはないだろう。
サイトの方だって、ネット環境もなく、その辺りのことに疎いであろう二人が見ることはまずないと思う。
それに、しっかりと化粧をして、髪型を変えて、綺麗なドレスに身を包み、さらに加工だってするのだろうから、多分問題はないと思う。
「宣伝しないとな、うたこみたいに頑張り屋で可愛いキャストがいるって」
「…あ、えっと」
頑張り屋で可愛い、と、マネージャーが私のことを言った。
可愛いのか、私は。
ちゃんと、店のサイトに載せられるくらいには、私はキャバ嬢らしくなっている、と言うことなんだろうか。
だって、他のキャストのお姉さんたちは、みんな本当に顔立ちが整っていて、まるでお人形さんのようだったり、スタイルが抜群によくて、グラビアアイドルのようだったり、芸能人やモデルさんになれそうな見た目をしている。
目がパッチリとしていて大きくて、鼻や顔が小さくて可愛らしい、本物のアイドルのようなキャストのお姉さんだって沢山いる。
「それから、さっきうたこも言ってたけど、成績な」
「あ、はい」
「頑張りすぎたくらい、頑張ったと思うよ、俺は」
「え、そう、ですか?」
「うたこが、ここまで伸びるとは思ってなかったよ。悪いな」
「いえ、そんな、私も信じられないくらいなので」
「で、これ、続けていけそうか?」
「…私、頑張ります。No2、嬉しかったんです」
「そうか、うたこのNo上位入りは、俺も嬉しいからな」
「そう、ですか」
私の笑顔は、少し強張ってしまったかもしれない。
マネージャーからのそんな言葉たちはすごく喜ばしくて、励まされるけれど、「俺も嬉しい」には、自分の担当しているキャストがNo上位になれば自分の成績も良くなるから、だから「嬉しい」と言ってくれているのではないだろうか。
私は、卑屈な性格だし、自分に自信なんて、これっぽっちもないのだ。
だから、つい、そんな風に思ってしまう。
「うたこ、撮影用のドレスとか選ぶから、空いてる日曜あるか」
「私、日曜はお客さんとの予定がなければ、大抵空いてます」
「じゃあ、もう今週でもいいか。スタジオの予約は多分すぐとれるから」
「あの、私、お店のサイト見てみますね。見たことなかった」
「見たことなかったのか、おまえ」
「今まで、気にしたことなくて」
「ははは、そうか。一応、どんな感じに自分も載るのか、なんとなくわかるかもしれないし、見とけな」
「はい…。全然、気にしたことなかったです、すみません」
「いいんじゃないの。ちょっと天然だからな、うたこ」
「え、そうですか、そんなことない、…と、思うんですけど」
「まあ、そういうところが可愛くて、客はおまえのこと好きなんだろうから、いいんじゃない」
好き、か。
客が、私を。
私はこの店に勤め出してから、キャバクラには様々な接客方法、営業方法があると言うことを知った。
ミサのように、客と寝たり深い恋人同士のように接してみせる、色恋営業や本営、枕営業であったり、会話がとても面白く、客との時間を盛り上げ、楽しませることが上手なキャストのお姉さんが使う友営であったり。
でも、私には、真面目で一生懸命に、ひたむきに仕事に取り組む慣れない新人の振りをするか、客の好みの女を察して、媚びて褒めて場の雰囲気を良くするよう振る舞うか。
その結果、少しずつ色恋っぽくなって来てしまい、色恋営業へと変わってしまったそんな接客術か、の、その三つしか手札はない。
それ以外のやり方は、私には思いつかなかったし、上手く出来る自信もなかった。
「マネージャー、日曜は、一緒に行くんですか?」
「一緒に行くよ」
「何時くらいから、撮影?するんですか」
「スタジオの予約次第だから、決まったら俺から連絡するから」
「わかりました」
「他の、一度でもNo上位入りしてるキャストは、もうサイトに載ってるから。どんな感じで撮って欲しいか考えとくといいかもな」
「なんか全然思いつかないし、まだ嘘みたいなんですけど…」
私は正直に今の気持ちをマネージャーへと告げる。
だって私は、とてつもなく自己肯定感や自己評価が低くて、アイデンティティとやらも曖昧で、生きてる理由すらわからない。
そんな私がNo2になれただなんて、未だに頭がちゃんとついて行かない。
なのに、話だけはポンポンと進んで行くのだ。
私、店に貢献出来るキャストになれたんだ。
部長にも、マネージャーにも、こんなに褒められた。
それなのに、全く実感がわかないのは何故なんだろう。
以前の私は、もしもこんなことがあったのならば、嬉しい、幸せ、って、もっと思いっきりはしゃいで、さぞ喜ぶのだろうと、自分ではそう思ってたのに。
「嘘じゃないよ、うたこ」
「…あ」
マネージャーが身を乗り出して、煙草を灰皿に置くと、腕をこちらに伸ばし、大きな手のひらで私の頭をポンポン、と優しく叩く。
あの、前に見せてくれたような笑顔で。
ミサに向ける笑顔とは、きっと、ちょっとだけ違う笑顔で。
その時、初めてそう思えた。
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