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頑張れると思ってた
私はいつも、ミサのようになりたかった。
認めて欲しかった。
この、キャバ嬢と言う職種には、目に見える、わかりやすい「No」と言うものがあった。
その上位に、私は入れた。
私はやっと、私自身のことを「価値がある」のかもしれない、と思えた。
それが例え、幼くてメンヘラでバカだった、浅はかな、若い頃の私のただの勘違いだったとしても。
「嘘じゃない、本当のことだ、うたこ」
マネージャーが繰り返し言う。
「嘘じゃない」と。
私に向かって、宥めるように、本当のことだと信じても良いのだと。
ちゃんと自分のことを認めても良い、自分はおまえのことを認めているから大丈夫だと、まるでそう言ってくれているようだった。
私はようやっと、これが私が頑張って来た結果であって、現実の出来事であって、私はそれを誇っても良いのだ、喜んでも良いのだ、と理解することが出来た。
「嘘じゃ、ないの?」
「嘘じゃない」
「そっか、嘘じゃないんですね、本当に私、No2に、なったんだあ…」
「そうだ、おまえはこの店のNo2だ。嘘じゃない、頑張ったな」
「はい…私、頑張った、んです」
「知ってるよ。見てたからな、ちゃんと」
マネージャーは、自分の煙草がフィルターの部分まで燃え尽きてしまっても、私の頭にのせた手のひらをどけることはなかった。
私が、俯いてしまった顔をあげるまで、そうしていてくれた。
私はもう泣かない、と決めたはずなのに。
どうしよう、恥ずかしい、でも、ちゃんと嬉しい。
嬉しいよ、マネージャー。
私は、マネージャーの前でだけでは、少しばかり素直になってしまうらしかった。
目が潤んで、我慢しているのにしょっぱい水が瞳の表面を覆って行く。
それが零れ落ちないように、瞬きをしないように気をつけていた。
下まつ毛を濃く長く染めたマスカラのお陰で、それはなんとかせき止められていて、頬へと零れることはなかった。
「すみません、つい、嬉しくて」
「いいよ、うたこ、頑張れるか」
「…はい、ぜったい、次も私、頑張ります」
「何かあったら、いつでも連絡していいから」
「…はい、わかり、ました」
なんとか耐えた涙をグっと唾と一緒に飲み込むと、私は自然に笑顔になれた。
何かあったら、連絡していいって。
私は、No2になったんだ。
マネージャーは、今までとはちょっと違う風に私のこと見てくれるようになったんだ。
だってそんな言葉を言ってもらえたことなんか、今まで一度もなかった。
私、特別なキャストになれたんだ。
ミサとは、別?
それともやっぱりNo1のミサには敵わないのかな。
マネージャーは、ミサにも、こうやって頭撫でてあげたりしたこと、あるのかな。
私はこの店で、No1になることは出来ないだろうと思っていた。
ミサの指名客の多さを知っているし、どれだけオーダーが多いかも近くでずっとずっと見て来た。
あんな風にはやれない。
あんな風には出来ない。
でも、きっと、毎回No3以内にまでなら、今日までみたいな毎日を、ひたすらに積み上げて行けば、もしかしたら。
「うたこはNo2になれたんだからな」
「…はい!」
「おまえなら、大丈夫だよ」
私の顔を見て、私にだけそう言って、そうしてマネージャーは私の頭から手をどけると、もう消えてしまった煙草の吸殻が一つだけ残った灰皿を持ってビップルームを出て行った。
私も着替えなければいけない。
ミサが待っている。
私は、今日も明日も明後日だって、ずっとずっと頑張れる。
きっと大丈夫だ。
頑張るんだ。
だって、私がNo2になった事実は、「嘘じゃない」のだから。
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