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浮気
多分、ファンと寝てファンを増やしているような男だとしても、それでもいいんだ。
自分が「本命」でさえあれば、きっとそれでいいのだろう。
多分そんな感じなのかな、と推測して、話を続ける。
「ミサは、ユウくんが他の女と寝ても別にいいんだよね?」
「私、バンドとかよくわかんないから、そう言うこともあるかな、くらいには思ってた」
「じゃあ、どうしてあんなにキレたの?」
「私の方を、浮気相手なんだと思った、から」
「全然大丈夫だと思うよ、ミサが知らんぷりさえしてれば」
「私、ユウくんと結婚したい」
「え」
やめといた方がいい、と言う一言が言えない。
ミサはユウくんのことが本当に好きなのだ。
そしてミサは恋愛依存体質でもある、多分だが。
そして何よりもメンヘラでもある。
不思議なことだが、性に関しては色々適当な部分もあるようだが、好きな人にだけは純情で、一途な愛を貫いて尽くしまくるのだ。
いや、客と寝ている時点で一途とは言わないかもしれないが、気持ちの上ではそうなのだろう。
「私が、ライン見てないことにしたら、いいだけなの?」
「多分、そうだと思うんだけど」
「そっか…そうなんだ…」
「ミサ、落ち着いた?大丈夫そう?」
「…うたちゃん、ありがとう、私、」
「うん、なに?」
「私って、ちゃんと、愛されてるのかな?」
ミサはもう涙を流してはいなかったけれど、顔を上げた途端にとんでもないことを私に聞いて来た。
愛?愛って何?どういうのが愛なわけ?
私に愛とか聞かれても全くわからない。
愛ってなんだ。愛って、何を持ってしたら愛なのか。
なんて言えば、ミサは安心して、満足して、また今までと変わらない、彼氏とのラブラブ生活を送ることが出来るようになるのか。
ひたすら困惑し、頭を悩ませている私の姿が、ミサにとって「ノー」の意味だと思われないように、ニコっと笑って見せる。
その時、丁度タイミングよく、先ほどミサがオーダーした酒を店員が持って来たので、私はひとまずそっと気づかれないようにため息をつく。
二人の前に置かれた、大きなジョッキ。
泡がプツプツと浮かんでいるので、レモンサワーか何かだと思われるが、ミサはそれを唐突にグイグイッと一気飲みしようとする。
そして、むせてしまって、すぐにテーブルの上へゴン、と音を立てて置く。
咳き込むミサの背中をトントンと軽く叩きながら、私は話題を「愛」からなんとかそらす。
「ミサはちゃんと本命だと思うよ。私は、だけど」
「…けほ、う、ん、ユウくんに聞いたら、そう言ってくれるかなあ?」
「言ってくれると思うよ、大丈夫」
そりゃあ、言うだろう。
ユウくんにとっては、家賃を払わなくても良い、自分に尽くしてくれる、しかもライブには呼ばない、ファンたちからは隠したい女のコ。
それがミサなのだから、多分、いや、絶対に本命だろう。
そして、万が一そうでなかったとしても、これだけ自分を自由にさせてくれる上に、何より心から尽くしてくれている相手に訊ねられて、「本命ではない」などと言うはずがないと判断した。
愛とやらは、私にはさっぱりわからないけれど。
「うたちゃん、ありがとう…!」
「ミサ、もう、平気そう?」
「うん!」
良かった、ミサを殺人犯にするような事態はどうやら避けられたようだ。
ミサは抱き着いていた私から腕を外すと、今度はちゃんとゆっくりと飲む為にジョッキに口をつけた。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、このままこの二人はそんな感じで付き合って行くのだろうと。
そう、この時の私は、思っていたのだ。
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