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「うち来るか」
「始発までまだあるから、うたこはタクシーで帰るか?」
「ううん、私、始発までどっか飲みに行きます」
「今日はもう、飲まない方がいいよ」
「でも、寂しいから」
「なんでだ」
「マネージャーが、帰るから」
真っ直ぐにマネージャーの目を見て、そんなことを平気で言ってしまうようになった私の姿は、彼にはどう映っているのだろう。
今日の自分は、なんだかおかしいと言うことだけはハッキリと自覚していた。
こんなにマネージャーに甘えたことなんて一度もなかった。
でも、今日はなんでも言ってしまう。
そのまんまの気持ちを伝えてしまう。
どうしてだろう。
私の中で何が起きたと言うのだろう。
こういう日と言うのは、本当に予想だにもせず、突然訪れたりするものなのだな、と、自分が取る、らしくない行動や言動に驚きながらも、どうしても強請ってしまう。
だって今日を逃したら、もうこんなに欲張りになれる日なんて来ないかもしれないのだから。
「じゃあ、うたこ、うち来るか」
「…え」
「いいよ、来ても」
「本当、に?」
「疲れてるだろ」
どうしても欲しい、買ってくれなきゃ帰らない、そんなおもちゃ屋さんで泣いて親を困らせている子供のような私に、マネージャーが店の規則違反になるであろう言葉を平気で告げた。
その表情も、その声音も、いつもと何にも変わらなくって。
まるで普通のことみたいで、でもそんなのはおかしくて、いけないことだって私は知っていて。
だって、キャストは男性スタッフと、外で会ったりしたらいけないんじゃなかったっけ?
バレたら、どちらにも、罰金、罰則、ひどければクビ、それ以上の何かがある、なんて、そんな噂まで聞いていた。
でも、前にミサが言っていた。
マネージャーは、誰か女のコが自分の部屋に忘れ物をしたようで、その連絡を間違えてミサに寄越したことがあるって。
だから色管理しているんじゃないか、って。
そんな話を、ミサから聞いたことがあったな、と、ふと思い出した。
確か私はその時、そのマネージャーの部屋に忘れ物をした女のコが、店のキャストだとは限らないんじゃないの、って、そんな風にミサに答えたような気がする。
だけど。
「マネージャー、いいの?」
「一人でこのまま飲みに行かれる方が心配だよ」
ため息を、つかれてしまった。
でも、その顔は怒ったりはしていない。
宥めるような、あやすような、そんな、時々見かけることのあるような顔だった。
心配、してくれるの、私のこと。
もう店は終わっていて、キャストの仕事の時間ももちろん終わっている。
マネージャーだって、さっき店を閉めた。
もうマネージャーの仕事の時間だって終わっているのだ。
私たちはもう関係ないんじゃないの?
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