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何気ない日常みたいに
マネージャーは、今日は既に、私の様子に気を配ったりしなければならない時間は終わっているでしょう。
家に連れて帰るって言うのは、担当のキャストのメンタルをフォローする為の、電話やラインのやりとりとは、全然違うでしょう。
何より、私が店の営業時間が終わって、自分の勝手で飲みに行くと言うことに対して、はじめてマネージャーは口を出した。
心配だから、って。
なんだかそれは、ミサに対するマネージャーの考え方とは違うような気がした。
だって、ミサの私生活の相談をマネージャーにした時は「それぞれの生き方がある」って言っていた。
「人の人生はその人のものだから」って感じで。
自分は、他人の私生活や人生には、深く介入することはない、って、そういう考え方の人だと思っていたのに。
「私の担当だから?」
「さっき言ったろ。俺はうたこが可愛いって」
「嘘だ」
「なんでだよ」
「だって、笑ってるじゃん、からかってるんだ」
「ほら、もう行くぞ」
「あ、はい」
マネージャーが踊り場を抜けて階段を下りて行くので、置いて行かれてしまわないようにとその背中を追う。
彼は、私が酔っていることを気遣ってか、なるべくゆっくりと歩いてくれている。
私はだいぶ店で眠ってしまっていたらしい。
もう真夜中は過ぎ去っていて、空はまだ薄暗いけれど、確実に朝方には近づいていた。
周りにある他の飲み屋や、同じようなキャバクラの店、スナックなどは閉まっていて、丁度店上がりにハシゴしているのであろうキャバ嬢とその客のアフター中の姿や、楽しそうに酔っぱらって歩いている若者や大人たちのグループなんかを少し見かけた。
それを見て、私がもし大学生や会社員だったならば、週末なんかは、あちら側に居たのだろうか、と、なんだか不思議な気分になる。
そんな、アルコール漬けの愉快そうな歓楽街を突っ切って、まだ営業中であるホストクラブの店員が客引きをしている中、私は何も話せずにただマネージャーの側を離れないようにして、タクシーを拾える場所まで二人で進む。
もう後数時間もすれば、会社へと出勤し、朝から夜まで仕事をこなして過ごす、一般的な昼の職種に就いている人々がこの道を埋め尽くすのだろう。
そんなことを考えながら、いつもタクシーを止める場所へと着くと、マネージャーが適当に腕を上げ、私に話を振ってくる。
「うちも中野だよ。秘密な」
「…そうだったんですね」
「ミサに言うなよ」
「なんでですか?」
「なんでも」
「秘密なんですね、わかりました」
タクシーはすぐに止まった。
マネージャーが、私に先に乗るように促したので慌てて車内に入る。
次にマネージャーがすぐ隣へと乗り込むと、行先を運転手へと告げる。
私はその「行先」をなんとなく覚えてしまって、ストーカーみたいで嫌だなあ、と自分のことを少しばかり嫌悪した。
道順を聞いていると、中野区の中野駅が一応は最寄り駅のようだと思われた。
私とミサは、最寄り駅は西武新宿線だったので、同じ中野区とは言え、家自体は多少距離がありそうだと思った。
ただ、私自身は中野の最寄り駅付近で遊ぶことが多々あった。
専門学校時代の友人が住んでいたのもあるし、所謂オタクグッズや同人誌が沢山売っている店があったりしたのだ。
今はよく知らないのだが、まだあるだろうか、中野ブロードウェイは。
私は結構なオタクでもあったので、店を上がって帰宅してからなかなか眠れない時などは、昼間くらいまでそこで同人誌漁りなんかをやっていた。
タクシーは、マネージャーが伝えた通りの住所へと私たちを送り届ける為に走り出す。
朝の5時前くらいだったと思う。
まだ、タクシーが深夜料金である時間帯だったことを覚えている。
私はやっぱり酔っているようで、その酔いはなかなかさめてくれなくて、だからきっとこれは夢なんじゃないかと思えて、焦ったり、怖いと感じたり、いけないことだと自分を律したりすることが段々と出来なくなっていた。
「コンビニ寄ってくか?」
「そういえば、マネージャーはご飯、食べないんですか」
「なんで」
「痩せてるから、ご飯食べない人かなって」
私みたいに。
ふと、そんなことを思ったまんま聞いてみた。
私はただ単に、偏食なのと、酒を飲んでいればお腹がいっぱいになるので食べない、と言う場合が多かったけれど、高校生の頃から摂食障害のような症状自体は続いていた。
指名客が外から寿司の出前でも取ろうものなら、美味しい美味しいと言って嬉しそうに沢山食べるが、頃合いを見計らって席を立ち、トイレで全て嘔吐していた。
「そんなことないけど、あんま食わないな」
「私と一緒ですね」
「おまえはもう少し食えば」
「おうとつ、ないですからね」
「そういう意味じゃないけどな」
何気ない会話をしている。
店じゃない場所で、店の時間じゃない時間帯に。
マネージャーの家に向かうタクシーの中で、二人で、どうでもいい話をしている。
それがすごく楽しくて、嬉しくて、はしゃぎ出してしまいそうな気分だった。
マネージャーは「もう着くから、バック忘れるなよ」と私に言うと、スーツのポケットから財布を取り出す。
慌てて私も自分の財布を取り出そうとすると「いいから」と言われてしまう。
いいんだ、なんか、普通の男みたい。
マネージャーは、私に出させようとしないんだ。
半分こでもないんだ。
なんか、不思議。
でも、ちょっと不服。
それから、大きな道路を少し逸れて、小さな道を幾らか通って、マネージャーが運転手に細かく指示をする。
周りにはマンションばかりと言った感じの、とあるコンビニの前にタクシーは停まる。
マネージャーが料金を支払うと、二人でタクシーを降りて、目の前のコンビニに入った。
私もマネージャーも、食べ物は何も買わない。
とりあえず私は、起きたら飲む用のコーヒーと、化粧落とし用の小さなクレンジングオイルと洗顔のセット、それに生理用のショーツが売っていたので、まあ別にそれでいいか、と手に取る。
次に、ちょっとだけ迷ってから、お酒の売っているコーナーへと向かう。
そこにはマネージャーが居て、ビールを4本くらいと焼酎の瓶を一本、買い物カゴに入れていた。
それならついでに、と、私もビールを1本と酎ハイを何本か入れさせてもらう。
もちろん、自分の分は自分で払う。
後で返すから、レシートは捨てないで下さい、とちゃんと言う。
それから、気になっていたことを聞いてみる。
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