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ほこほこ
ああ、なんだか、なんだろう。
なんでもない。
そう、うん、なんでもないったら、なんでもないんだ。
それから、洗面台の鏡の端の部分になんとなく指をかけて引いてみる。
ああ、良かった、うちと同じで内側に収納スペースがあるタイプのものだったようだ。
そこから櫛を見つけ出すと髪を雑に梳かしてから、元あった場所へと返しておく。
ほこほことした気分で床に置いておいた化粧ポーチを拾うと、眉毛を書いてからアイラインを引く。
うん、まあ、これならなんとか。
ギリ、いける、ええと、多分。
「中村さん、シャワー、ありがとうございました。あと、これも」
「ああ、おまえ小さいし細っこいから、なんかでかく見えるな」
「あと、パンツ忘れちゃいました」
「腹冷えるからさっさと履いとけ」
そう言って私に笑いかけると、中村さんは煙草を口にくわえてパソコンの画面の方に向き直る。
何かお仕事をしているのだろうか、じゃあ、邪魔はしない方がいいな、と思い、コンビニの袋を拾うと中から先ほど買った生理用のショーツを出す。
ゴミ箱にショーツの入っていた透明な袋を捨てると、片脚ずつ通して履いて、今日つけて来ていたものは空になったコンビニ袋に入れ、バックの中に仕舞った。
Tシャツに、素足。
めちゃくちゃお泊りっぽい。
けれど残念ながら、私にはそういう経験も結構あったので、それが何か大きな期待を持てる程の出来事と言うわけでもなかった。
さっき中村さんのTシャツを着た時は、あんなに嬉しかったのに、自分の感性がよくわからない。
気を取り直し、中村さんに「酎ハイ取ってきます」と断りを入れてから、キッチンへ行って冷蔵庫を開けた。
「中村さんも、ビール飲みますかー?」
「俺は焼酎飲んでるからいいよ」
「了解でーす」
冷蔵庫には、酒以外何も入っていなかった。
私の部屋の冷蔵庫と同じだ、なんて思うと親近感がわいて、顔が勝手にニヤけてしまう。
自分の飲む缶酎ハイを取って冷蔵庫を閉めると、狭いキッチンのスペースに立ってもう一つグラスがないか探す。
私も缶酎ハイを飲み終わったら、彼と焼酎を一緒に飲もうと思っていたのだが、グラスはなかった。
そのかわり、小さな黒猫の柄がたくさん描かれている可愛らしいマグカップがあったので、それを借りることにした。
中村さんは、猫が好きなのだろうか。
それとも元カノの忘れ物だったり、もしくは今カノの置いている物だったり、それか、誰かからのプレゼントだったりとかするのだろうか。
まあ、なんでもいいけれど。
お陰様で私は、中村さんと一緒に焼酎を飲むことが出来るのだし。
「うたこ、ほら、これ見たか」
「え?」
「ちょっと来てみろ」
「あー!それ!結構前に、一度、部長に確認の為に見せてもらいましたよ!」
「可愛く写ってるよ。ドレス、同じの買うか」
中村さんが、深緑色のクッションに胡坐をかいて座っている、その前にはノートパソコンと、灰皿と、グラスに入った焼酎。
そして、その中村さんの横に、膝を抱えてしゃがみ込んだ私へと、彼が見せたかったもの。
何かと思ったら、だいぶ前に小さなスタジオで撮影してもらった、店のサイトの写真だった。
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