誰にも秘密の悪戯

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誰にも秘密の悪戯

それから私たちは、まるで恋人同士がそうするように、寄り添ってはしゃいで、笑い合って、時々沈黙を楽しんで煙草を吸った。 酒を飲みながら、私が愉快な気持ちになって、ユーミンのひこうき雲を歌ったら、「また、死ぬ歌か」と笑われた。 私は歌うのはやめないまま、こめかみを中村さんの骨っぽい二の腕におしつけて俯く。 すぐ上辺りにある耳に届くか届かないかくらいの声で、酔っぱらって掠れてきてしまった声で、「けれど幸せ」と歌う。 ああ、横にいる、すぐ隣でくっついてくれている、マネージャーが、マネージャーじゃない時間に、キャストの、キャストじゃない時間の私と。 中村さんと、私の時間。 私の長い髪は、ドライヤーは使わなかったけれどもう乾いていて、両側からサラサラと頬に流れてくると、どんな表情をしているのかを彼からは見えないように隠してくれた。 「顔が熱いな、うたこ、酔ったか」 「ちょうどいいです」 「酒強いからなあ」 「中村さんは?」 「今日は、そこそこ酔ったかなあ」 そうなんだ、中村さんもちょっと酔っぱらってるんだ、と思って、じゃあいっか、って、ヘラヘラ笑いながら自分の腕を彼の首に巻き付けて、今度は唇を首筋に埋めた。 うん、ちゃんとあったかい。 頭撫でてくれた手のひらと同じ、おんぶしてくれた背中と同じ、あったかい温度だ。 そうしたら中村さんは、吸っていた煙草を灰皿の縁に押し付けて擦った。 だってもう、灰皿の窪みの中身はパンパンで、火を消せる場所なんてないからだ。 そう、二人の吸った吸殻で、もう捨てないといけないほど、いっぱいで。 中村さんが私の方に体を向けて、背中に腕を回して擦ってくれる。 はいはい、って言うように、私が喜ぶように強く抱きしめて、時々優しくさすってくれる。 そうしてしばらくじゃれ合って、当たり前みたいに、今まで何度もそうして来たみたいにキスをして、角度を変えるたびに、私は上手く出来ているかどうかをちょっとだけ気にした。 もっと、今日までたくさん練習しとくんだったなあ、なんてバカなことを考えながら。 「…中村さん、私、もうね、あと5か月で20歳です」 「もう、って言っても、ずいぶんあるな」 「でも、20歳は大人ですよね?」 「中身が伴ってたら、そうかもな」 「私って、子供ですかね」 「うたこは、そのままでいいんじゃない」 そう言って、笑顔をくれたけど。 ちゃんと、その腕は私を抱きしめ返してくれたけど。 そうかな、私このままの私でいいの、中村さん。 このままの私でも、中村さんは、いつか少しは好きになってくれるのかな。 中村さんって、どんな女の人が好きなんだろう?
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