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年の差
朝の6時になり、外がすっかりと明るくなって来た頃に、少しずつ気温が上がって来た室内と上気している私の頬を見てか、中村さんはエアコンのリモコンを取ると冷房をかける。
私は、妻子のいないと思われる指名客、フリー客たちに、一斉に「おはようございます、今日も元気に頑張りましょうね!でも無理は禁物ですよ」と言ったような内容の文章を作り、店で話した内容をそれぞれそこに少し付け加え、絵文字で可愛らしく飾り立てたラインを送る。
妻子のいると思われる客への営業ラインは、8時くらい、出社中、出社後くらいの時間に送ることにしていた。
それから黒猫柄のマグカップに注がれている焼酎を飲むと、再び中村さんと一緒に膝丈のキャバドレスのサイトを眺めて、これはどうだ、こっちの方が好きかな、などと話しながら、気に入ったもの、中村さんが「似合う」と言ったものを選び、厳選してはカートに入れて行く。
見た目や好み云々は二の次で、とりあえず私は、左腕肘までを埋め尽くす自傷の跡を隠す為の、レースで作られたグローブを腕にはめていても、違和感のないデザインのものや、元々手首の辺りまで袖がついているものを見つけては、私は「これがいいです」と言った。
そのことに早々に気づいたのであろう、中村さんが、せめて七分袖であればなんとなく誤魔化せると思う、腕に客の視線が行かないように胸元や太ももなど、他の部分を強調出来る作りになっているデザインのものであれば良いのではないか、と至極全うな説明をしてくれる。
「中村さんは気にしないかもしれないですけど、客にメンヘラだとバレると余計なことが起こると思います」
「まあ、それを気にして同情して通ってくれる客もいるだろうけどな」
「そういうお客さんばかりではないですし、依存しやすい、簡単そう、と思われてすぐに寝たがる気がします」
「そんなこと、今までにあったのか」
「客じゃないですけど、中学生の時とか、高校生の時とか」
「そういうもんか」
「後、メンヘラは店での私のキャラには合わないので」
「うたは真面目だよ、本当にな」
仕事に対して真面目なのは良いことだと思うのだが、そう言って笑う中村さんは一体何を考えているのかさっぱりわからないし、真面目なのか不真面目なのかすらも謎だ。
色管理は大成功しているし、仕事が出来ると言う点においては真面目、と言うか「出来るやつ」なのだろうと思うが。
私はスマホの充電器をバックから出すと、昨日と同じ場所へと這いずって行き、コンセントへと差し込んで、充電をはじめる。
目覚ましのアプリを16時にセットして、そう言えば今日は中村さんの部屋の鍵をどうしたら良いのだろう、と考える。
「中村さんは私より早く部屋を出ますよね、今日は、鍵はどうしましょう」
「あー、鍵かー、まあ持っといて」
「でも、また渡せるタイミングないかも」
「20時前にヘアメやりに来るんだろ?」
「そのつもりです、19時前には行こうかと」
「じゃ、そん時に俺行けたらヘアメんとこ行くから」
「でも、私一人じゃないですよ、多分」
「大丈夫、ヘアメの子はそんなこと気にしないから」
「えええ??マジで??」
本当に大丈夫なのだろうか。
確かに、ヘアメさんたちは、その日の分のお給料を日払いで貰ったらすぐに帰ってしまうし、店の規律やらルールとやらとは関係ないし、部長や店長と仲が良いわけでもないし、会話すら「お疲れ様でした」の一言くらいのものだ。
「ほら、化粧落として、寝る準備しろ」
「まだ、早くないですか?」
「昨日、あんま寝てないだろ、うた」
「じゃあ、ねえ中村さん、今日は、先にしたい」
「なんだ、急に」
「だって、お腹に出すから」
「中に出すわけいかないだろ」
私は焼酎をグビグビ飲むと、ぽわんとして来た頭でぽやぽやバカなことを考える。
だって中村さんとするのは気持ちがいいから、できれば何回でもいいからしたいんです。
そんで、出来れば、この今のままの、化粧も髪型も完璧な、中村さんが褒めてくれたNO2の私のまま、今の状態を見つめて欲しいし、可愛いと思って欲しい。
だから一度くらいは、このまんまの私のことも抱いてみて欲しいんです、とは到底言い出せそうもないけれど。
抱き合った後でシャワーを浴びる方が、体は綺麗になるし、丁度いいから、なんてそんなことを思っているフリをして、私はバカなことを言い続ける。
「私はいいのに」
「だーめ」
「さては失敗したことありますね」
「そういうこと言うんだな、うたも」
「だって中村さんが、手慣れすぎ」
「俺はそういうトコはちゃんとしてるんだよ」
「私がちゃんとしてないみたいじゃないですか」
「うたは、自暴自棄なのか知らないけど、あんまり自分の体にこだわらないやつなんじゃないの」
「違うよ、私中村さんのこと好きだから、頭おかしくなっちゃったんだよ」
「人のせいにするなよ」
中村さんが笑ってくれる。それだけでいいの。私に向かって笑顔をくれる。だから私は頑張れる。いつまでか、なんて考えない。そんなの今関係ない。
私も勝手に顔が笑ってしまって、楽しくなって来て焼酎にまた口をつける。
こんな風にフワフワしていたい。
そう、私は中村さんのせいにした、自分の頭がおかしくなったこと、今だけ、中村さんのせい。
いっぱいしたいなあ。
でも中村さんは29歳だから、そんなに回数出来ないのかな。
と、超絶失礼なことを考えながらも、近づいてくる顔に気づいて瞼を閉じる。
唇を食まれて、何度もそうされて、ついばまれるたびに腹の奥底がじんじんとして、熱くて、焼酎をロックで飲んでる時と同じだと思った。
半分だけ唇を開けると、私の後頭部に大きなあったかい手のひらがあてられて、角度を変えられる。
柔らかな舌が口内に潜り込んでくると、私が少し吸うだけでも溶けてしまいそう。
絡められ、舐め取られる、歯列をなぞって唇の内側をくすぐる。
顎を伝って、一筋だけ唾液が零れて、何も履いていない私の太ももの白い部分に丸く珠を作る。
そっと離れて行く温度と、今度はTシャツをめくりあげる為に裾へとかけられた指たちが脇腹をかすめてくすぐったかったので、身をすくませる。
昨日と同じように「ばんざい」をして、首を通り抜けて行く黒い布地の世界に一瞬閉じ込められる。
すぐに表れた、目の前の中村さんの顔を見ると、どういうわけだかちょっとばかり困っているようなハの字眉で、なんでそんな目えしてるの?と私が視線で問いかけて首を傾げると、中村さんも、自分のグラスに残っていた焼酎の三分の二ほどを全部一気飲みした。
「中村さん?」
「うたは細っこくて、ちっこくって、どうしようなあ」
「何がですか?」
「俺は犯罪はやったことないんだよ」
「嘘ー、なんかやってそう」
「まあ、ちょっとはやったかもしれないけど」
「私が細くて、小さいと、なんか、悪いことなの?」
「そんなことも、ないと思うんだけどな」
全然気にしてなさそうなのに、中村さんって倫理観まともなの?
罪悪感とかまともに感じるタイプの人間だったの?、と、そんな風に思っては申し訳ないとわかってはいたが、思わず驚く。
でも、その「私みたいな子供」を抱くことを「いけないことだ」と、やめられてしまったら困る。
そんなの私は寂しいので、中村さんの着ているTシャツに手をかけると、自分がされたのと同じように引ん剝いてやる。
私はもう大人ですよ、中村さん、もし違うとしても、きっとなってみせます。
だから、やめるだなんて言わないで。
だって大事なお仕事でしょう?私の事を色管理をしていれば、私は頑張って中村さんやお店に貢献出来るキャストである為に、一生懸命働くんだよ。
「中村さん、いっぱいして」
どろりと今にも蕩けだしそうな、うっとりとした目で、声で、甘えて見せる。
上半身裸のまんま、お互いの露わになった部分をぺたりとくっつけ合う。
私も中村さんも細くて、あばら骨が少し浮いているのがわかって、私の胸は小さくて、でもだからこそ二人の間にあんまり隙間が出来なくて済む。
横向きから腕を回して隣に座っている中村さんを抱きしめると、丁度鎖骨の辺りにこめかみが当たっていて、胸の中間に唇が来たので、私は丁寧にその下にある骨の形を確かめながら舌を這わせた。
中村さんが私の膝の裏に腕を入れると、首に手を回すように言う。
大人しくそれに従うと、布団のあるところまでの、ちょっとの間だけ空中を進む。
その間も届く範囲で、首筋や、鎖骨の窪みを舌を伸ばして愛撫した。
中村さんが脚で布団をめくって、シーツにしたその上に私のことを仰向けになるよう、ゆっくりと下ろす。
「こんなことも、出来るんだな、うたは」
中村さんの、憂いの消えた瞳を見て、私は一安心する。
どうやら、細っこくてちっこい、そんな私相手でも、ちゃんとその気にはなってくれたようで嬉しくなってしまう。
昨日のように、ついはしゃぎ出しそうな気持ちを抑えて、澄ました顔をして、当たり前でしょ、ってフリをして、媚びたような声を出すと「はやく」と次の行為を求めて急かす。
きっと全部お見通しだったのであろう、そんな中村さんは苦笑して、「うたは、しょうがないなあ」といつものセリフを口にしながら私へと覆い被さって来るので、その首にもう一度腕を持って行って、早くもっと深くて気持ちの良いキスが欲しい、と強請った。
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