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タツくんは謎の人
駅から歩いて行ける距離に小さな公園があって、たった二つのブランコと簡素な滑り台と、それから水飲み場と、色あせた元は多分水色だったのであろうと思われるベンチ。
そこには、それしかなかった。
周りを木で囲ってあって、入り口になっている場所だけがだだっ広くて何もない。
ドラえもんに出て来る空き地の、石の塀が木になっているだけって言う、そんな感じの公園だった。
キヨシくんは持って来たロウソクに先輩から、つまりタツくんから借りたライターで火をつけると、細長い、手で硬い棒の部分を持って、先端に火をつけるとそこから色々と鮮やかな色へと変わって行く炎を吹く、と言う、定番の花火から手を付け始めた。
まずは自分がロウソクに端をつけて燃やして火をつけると、はい、と私へと手渡してくれる。
なんだか花火なんてやったのはいつぶりだろう、と思った。
子供の頃はよくやっていたような気がする、いつからだったろう、そんなことも気にとめなくなったのは。
「あ、これ綺麗だよ、うたこちゃん、見てて」
「わあ、本当だ、大きな線香花火って感じだね、散ってる黄色い火花が、雷の電気みたい」
「これ、うたこちゃんの分、自分で出来る?脚、火傷しないようにね?」
「大丈夫だよ、このくらい、私花火って久しぶり、いいね、こういうのも」
「一応、手筒花火とか吹き出し花火もあるけど、ちょっと危ないから離れてね」
「キヨシくん、マジ心配しすぎ、私そんなの平気だよ?」
いつも普通の女の子扱いをしてくれるキヨシくん、ううん、普通の女の子扱いより、だいぶ小さな妹を大事にしてるお兄ちゃんみたいな接し方をするよな、と感じる、そんなキヨシくん。
私はどちらかと言ったら実際はガサツで雑で、両手で花火持ってグルグル空中で振り回したり、浜辺でバクチクに火をつけてから空に幾つもぶん投げて遊んでいるような小学生、中学生だったのだが。
しばらくはそうして、キャイキャイと花火をしながら、時々スマホで花火の写真を撮り、まるで子供のように笑ったり、声を上げたりして、本当にただの10代の女の子のような気分を味わっていた。
「キヨシは、過保護だな、うたこちゃん?だっけ」
「はい!そうです、タツくんは幾つなんですか?」
「俺は31だよ、キヨシは確かに後輩だけど、同じ高校でも一緒には通ってない。知り合いだったのは近所に住んでたからってだけ。親が仲良くて。幼馴染みたいなもん」
「そんなに年上だったんですね、全然わからなかったです」
「そう?うたこちゃんは高校生くらいに見えるね」
「あはは、そうですか?子供っぽい?キヨシくん、聞いてた?私まだJKで行けるって!」
「確かにうたこちゃんは童顔だから、かもだね、吹き出し花火、火、つけるよー」
タツくんは、マネージャーよりも年上だったらしい、ちょっとビックリだ。
仕事先が同じだったりとかするのだろうか、新聞屋さん、には見えないし、ラフなTシャツに細身のジーパン姿で、顔立ちは前髪が目元まで長くてよくわからないけれど多分悪くない。
髪型をアッシュオレンジっぽい色に染めていて、無造作なボブヘアを適当に弄っただけ、と言った感じで、もしかしたらバイクがなんたらって言っていたし、バイク屋さんとかそう言うのメンテナンスしたりする仕事にでも就いているのだろうか。
キヨシくんとはやっぱりなんか違うなあ、キヨシくんは特に整えたりはしていないっぽい太い眉が、元々形が良いからダサくなっていない、一重だけれど大きめの目をしている、黒髪の天パでポヤっとした印象の青年だ。
なんか、アンバランスな、ミスマッチな二人だな、と思う。
「わあ!すごい、でも、煙もすごくない!?」
「あはは、風上に来なよ、うたこちゃん、こっち、こっちなら大丈夫だから」
「タツくん、どこに行くんですか?」
「ああ、ベンチにいるよ、煙草吸ってっから」
「わかりました!キヨシくん、私も火い、次つけたーい!」
私はそれなりにはしゃいで、それなりに楽しんでいるようなフリをして、いや違うかもしれない、本当は、普通に楽しかったのかもしれない。
自分の本当の気持ちがどちらかだなんてもうわからなくなっていて、でもとにかくいっぱい笑った。
キヨシくんの側に行くと、最後の一個の吹き出し花火をもらって、導火線の部分にロウソクから火をうつすと、すぐに地面に置いてキヨシくんと一緒にその場から距離を取る。
シュボ、っと言う音がして、ジジジジと小さな火が吹き出しはじめ、それがどんどんと高くなって、そうして私の背丈くらいまでの大きさに育つ。
キャッキャとはしゃぐ私の声と、真っ白な火に照らされて、薄暗い公園の一部が騒々しくなっているけれど、まだそんなに遅い時間ではないし、周りには特にマンションやアパートなどは見当たらなかったので多分お叱りは受けないだろう。
明るい炎の縦柱の束を目に映して、私がぼんやりとしていると、キヨシくんが私に最後に残った線香花火を持って来て、だいたい半分くらいで分けて手渡して来る。
「先輩も今日一緒に行くんだけど、うたこちゃん、いいかな?」
「えっ、そうなの?私はいいけど、タツくんは、キャバクラなんか楽しいかな?」
「今日、先輩の給料日なんだって、先輩はお給料がいい仕事してるって言うから、おごってくれるって言うんだ」
「タツくんのおごりなの?でも、居酒屋とかよりは普通に高いよ」
「うたこちゃんに会ってみたいから、会わせてくれるなら、気にしなくていいって言うんだ」
「ふーん?なんでだろう、よくわかんないけど、いいと思うよ!タツくんがいいんだったら、別にフリーで入ればいいんだし」
それに、私の指名客がフリー客を連れて来れば、私のポイントになったはずだし、大歓迎だ。
吹き出し花火はどんどん炎が小さくなり、いつの間にか終わってしまっていて、私たちはその横でしゃがむとロウソクに線香花火の膨らんだ赤い部分をくっつけて、黄色の珠を作る。
一個、二個、と珠をくっつけて行き、その大きさを競いながら、重力や揺れに負けて先に地面へと落としてしまった方がガッカリしたり、大きな声でショックなリアクションを取ったりして、そんなことで結局1時間は過ぎてしまった。
「片付けするから、うたこちゃんはちょっとベンチに座って待ってて」
「いいよ、私も手伝うから!バケツかして、水汲んでくるんでしょう?」
「ありがとう、うたこちゃん、じゃあ、俺花火拾って集めておくから」
「ゴミ袋も真ん中に置いておいて、私もやるから」
「うたこちゃん、ありがとう、じゃあ一緒にやろう」
そんな風にして、一緒に花火の跡片付けをして、公園を後にする前にバケツに汲んで来た水を火を使った辺り周辺に何度かに分けて撒いた。
その片付けをしている間ですら、私は無邪気に笑い声を上げて、ただの19歳の女の子が、夏の夕方に彼氏と花火をやって遊んでいる、と言うように勘違いをさせるような振る舞いをした。
そんなことは、キヨシくんには必要のない手管で、必要のない営業方法であると言うのに、それでも私はもうそれが癖になってしまっていた。
「あー本当久しぶりだった!ありがとう、キヨシくん、花火楽しかったよ!」
「ううん、俺がうたこちゃんと花火がしたかったんだ」
「写真、とったやつ後で送るから、キヨシくんのことも撮ったからね」
「あ、俺もうたこちゃん撮ったから、送るよ。うたこちゃん、お腹すいてない?」
「大丈夫だよ!キヨシくんとタツくんは何かちゃんと食べましたか?」
ベンチに座って煙草を吸っているタツくんのところまで向かいながらキヨシくんと喋り、そして、タツくんの元に着いたので夕飯はちゃんと摂ったかどうかを聞く。
すると二人は軽く食べて来たのだと言うので、このまま店に向かおうか、と言う話になり、一旦バケツを置いてくると言ってキヨシくんはここから近いらしい自分のアパートへと走って行った。
私とタツくんは、キヨシくんには二人で先に駅の入り口へ向かって、そこで待っていると言う約束をして、並んで歩きはじめる。
「うたこちゃん、キヨシはどう、一緒にいるの楽しそうに見えたけど」
「どう、と言うのは??」
「付き合ったりしないの?ってこと、だって客の中じゃ多分、一番年近いだろうし、キヨシはいいやつだろ」
「えっと、うーん、私実は、そんなに簡単に男の人を好きにならないんですよ、でもキヨシくんのことはもちろん嫌いじゃないです」
「嫌いじゃないけど、好きにならないから、付き合わないってこと?」
「付き合う付き合わないで言ったら、逆に私みたいなのと付き合うことになったら、キヨシくんがかわいそうです」
「そう?あんなにうたこちゃんのこと好きそうじゃん、ああ、金がないから?」
「それはあまり気にしたことないですけど」
「だよね、何回も同伴してやるくらいだし。指名が少ないコなのかと思ってたら、キヨシから聞いてる話だとそうでもないみたいだし。だからうたこちゃん、キヨシに気があるのかと思ってたんだよね、俺」
「うーん、実際にキヨシくんに告白されたこともないですし、気があるとかないとかも気にしたことなくて…何とも言えないです」
苦笑いを作りつつ、キヨシくんは別に私のことなんか好きじゃないんじゃないですか、と付け加える。
ただ、夜の仕事をしている年下の女の子のことが物珍しくて、面白いから、仲良くしてくれてるだけなんじゃないかなあ、なんて言って。
どうしたものだろうか。
タツくんはキヨシくんと私のことをくっつけたいのだろうか、だから今日会いたがったのだろうか。
こういう話をする為に、今、私と二人で話してるのだったら少し困る。
どういう返事をするのが一番良いのだろう、後でキヨシくんに何を話したのか聞かれるに違いないし。
ああでも多分、この人は、タツくんは、私の言った言葉そのまんまは、キヨシくんには伝えないだろうなと思った。
涼し気な顔をして、むしろ私が客に対してどう言う感情を抱いていそうなのかを探っているだけのような、そんな口ぶりだし、多分そういう人なのではないだろうか、と言うような気がしたのだ。
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