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ナギサの魅力
店に到着したのは21時半くらいだった。
私は同伴で酒を一滴も飲んでいなかったので、もしかしたら今日は泥酔などせずに、なんとかなるのでは?と甘いことを一瞬考えた。
店内に三人で入ると、いつも通りマネージャーがやって来て、キヨシくんとタツくんを先に卓へと案内する。
私はロッカールームにバックとジャケットを置いてこなければならないので、「すぐに戻るね」とキヨシくんに告げてフロアを通り抜ける。
ロッカールームで自分が利用しているロッカーを開けると、ジャケットを脱いでハンガーにかけた。
背中の部分が広く開いているし、脇腹も見えているし、店は冷房がきいているので、このドレス一枚だと微妙に寒いな、と思った。
スマホをバックから取り出すと、マネージャーに『フリー客の方には、あまり接客の仕事に慣れていないキャストのお姉さんはつけない方がいいと思います、多分通い慣れてる気がします。あと、鍵は一応持っておきますね』と改めてラインを送ってから、化粧ポーチの中にマネージャーの部屋の鍵が入っているのを確認し、名刺入れと共に仕舞った。
ロッカールームを出ると、ヘアメ室のドアのところで、マネージャーが待っていて、スマホを見ていた。
私をキヨシくんとタツくんの卓へと案内する為だろう。
でも、マネージャーがヘアメ室の中の方にまで入って来てキャストを待っていることは基本的にはなかったので、少し驚いた。
「お、うたこ、いいなやっぱり、その服」
「ここで待っていて、怒られませんか?あと、マネージャー、ライン見ましたか?」
「今見た。鍵は持ってていいよ、それと、つけたのはナギサだから」
「鍵、いいんですか?ナギサさんですね、わかりました!それなら安心です」
「ま、いいから行くぞ、話してる時間あんまないからな」
「鍵…は、えっと?」
「ほら、見つかるから、行くぞー」
「…はい!とりあえず今日も頑張りますね」
鍵はどうやらマネージャーに渡さなくても良いらしい。
スペアのキーでも持って来ているのだろうか、それとも店泊でもするつもりなのだろうか。
でも明日は日曜だから店は開けないはずだし、店に泊まっても明日一日をどう過ごすつもりなのだろう。
疑問はいっぱいだったが、さすがに怪しまれてはいけないので、私たちはドアを開けてフロアへと出る。
そして、キヨシくんとタツくん、ナギサさんの待つ卓へと向かって歩き出した。
「お待たせしました、うたこさんです」
「うたこちゃん、本当だね、その服…俺びっくりしたよ、えっと、似合ってるよ」
「えへへ、ちょっとイメチェンしてみたの!」
私たちに用意されていたのは、四人用の卓で、キヨシくんと私が座る方のソファ、真ん中に四角い大きめのテーブルを挟んで、向かい側にはタツくんと他のキャストのお姉さんがつく、と言うタイプの席だった。
キヨシくんについていたヘルプのキャストのお姉さんが「ご馳走さまでした」と一礼してソファを立ったので、私も彼女にペコリと頭を下げてから、場所をかわると一歩前に出る。
キヨシくんは、ちょこんっと膝を折り曲げて卓につく前の挨拶をする私の、はじめての膝丈より上までの裾丈で、しかも大きく素肌を晒すような作りになっているドレス姿を見て、どっちの意味だかはわからないが「釘付け」と言った様子だった。
「好みだな」なのか「似合わないな」なのか、その表情からは、まだ感情は読み取れない。
すぐにその隣へと座ると、いつもの19歳の普通の女の子だったら少しばかり恥ずかしがるであろうそのドレスへの反応に、ちゃんと照れているような対応をする。
マネージャーが、私がちゃんと卓についたのを見届けてその場を去ろうとした時、タツくんがマネージャーを呼び止める。
「あのー、メニュー表もらってもいいっすか」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「先輩、本当にいいんですか?」
「タツくん、無理しなくて大丈夫だよ!私、約束守ってくれるならちゃんとアフターも行くよ」
「うたこちゃんて、本当に変わってんのな」
「えええ?なんなんですかそれ、さっきから」
「なにー??タツくんたちはアフターに行く約束してるのー?」
マネージャーがメニュー表を取りに行った後で三人で会話をしていると、タツくんについていたナギサさんが「アフター」と言う言葉に食いついて来て、楽しそうに話しに入って来る。
ナギサさんはざっくばらんな性格をしている、とマネージャーが言っていた通り、とても親しみやすそうな雰囲気のキャストのお姉さんだな、と言う印象だった。
ナギサさんと言えば、たまにNo上位に入ってくることもある、普段は最低でも8位以内くらいまでをキープしているキャストのお姉さんだった。
物凄く営業熱心と言うわけでもなく、Noを気にすると言うような性格でもなく、待機席にいることも多いイメージだった。
今日はたまたま同伴をして来なかったのであろう。
それでもボトルやシャンパンを沢山入れてくれる極太客を数名持っているので、わざわざ細客やフリー客とまでこまめに連絡を取って来店してもらい、自分の待機時間を減らしてまで接客を続けることはしない。
そんなことをして疲れてしまうのは面倒だ、だからやらない、と言う、そういうタイプのキャストのお姉さんなのではないかな、と私は感じていた。
「そうそう、キヨシとうたこちゃん年も近いから、たまにはうたこちゃんの息抜きにもいいんじゃないって思って、アフター誘ったんだよ」
「うたこちゃんて20歳くらいだっけ?タツくんはナギサと近いんだってね、ちょうどいいねえ」
「はい、19歳です。だから、キヨシくんは年上なんです。タツくんは31歳だから、ええと、ナギサさんは26でしたよね?」
「あははは、それがさあ、今年で28歳になるんだよー。ナギサ、もう店で一番年上なの!」
「いいじゃん、年上の魅力ってのがあるよ。ナギサちゃんは美人だし、話しやすいし、人気あるでしょ」
タツくんが、ナギサさんのことを褒めて、その褒め言葉にナギサさんはカラカラと笑いながら、そんなことないよ、とか、ただ仕事が長いから馴染みが多いだけ、なんて謙遜の言葉を並べると、大げさな身振りで手を左右に振って見せる。
そんなナギサさんも、私に負けず劣らず露出の多目な、胸元が大きくあいていて胸の谷間を強調している、スリットが太ももの付け根の方まで入った赤地に黒のレースがあしらわれている色っぽくて大人っぽいドレスを着用していた。
南米風のハーフのような顔立ちと、元々赤い色のぶ厚めの唇を持つ彼女にすごく似合っていて、とても様になっていた。
「キヨシくんは、お酒って好き?私は飲むの嫌いじゃないけど、キヨシくんもお酒、普段からよく飲んだりするの?」
「うたこちゃん程は飲めないかもしれないけど、せっかく先輩が飲ませてくれるんだから、楽しく飲みたいなって思ってるよ」
「うん!もちろん私もそう。タツくん、今日はありがとうございます!」
「いいっていいって、ナギサちゃんはお酒どう?割と飲む方なの?」
「ナギサはねえ、お酒すっごく好きだから!いっつも朝まで飲んでるよ~!」
「へー!店あがっても?どういうとこ行くの?ホストとか?」
「あはは!ホストは行かないかな。ナギサはロックバーとか好きで、行きつけがあるよ」
「ナギサさん、近くにそんなお店があるんですか?」
「そうそう、楽器とか飾ってあるし、弾けるとこもあって、喋ってて仲良くなった人にリクエストしたりするよ~!」
ワイワイ話していると、マネージャーがメニュー表を持って来て、失礼します、と言うとタツくんにそれを手渡した。
タツくんは適当にそれを開いて中を見ると、じゃあこれ、なんて言ってあっさりシャンパンを頼む。
タツくん何者?まあ、そのくらいの値段のシャンパンだったら、たまに場内でも、ねだれば入れてくれる人もいたりはするけれど。
キヨシくんと私のラストまでの時間と、アフターの為だけに、わざわざ自腹を切って店に来てシャンパンあけるなんて、どういうつもりなの?
本当にただの、キヨシくんの仲の良い先輩、と言うだけでここまでするだろうか、と思ってしまう。
でも、ナギサさんと喋っている様子を見ると普通のキャバクラでの会話を楽しみに来ている客、と言った感じでそんなに違和感はないような気もするし。
「ナギサちゃんはお酒結構飲めるんだ、じゃあせっかくだから一緒に飲もっか」
「マジでー?いいの!?タツくんありがとう!嬉しいなあ!!おねがいしまあーす!!」
ナギサさんは、タツくんの手を握り締めると、自分の膝の上に持って行って太ももの部分にあてるように置くと、もう片方の腕をあげてボーイを呼ぶ。
そして、場内指名をもらったことと、自分のシャンパングラスも追加でお願いすると、タツくんに向かって思いっきり魅惑的な笑顔を向けて、次々にタツくんの事に興味深々と言った感じで話題を振っている。
なるほど、ナギサさんはちょっと強引にでも場内やボトルをお願いするところが確かにあるけれど、ああやって自分の完璧で豊満なスタイルを武器にしてフォローも出来る、そう言う営業方法を取ったりもするのか。
その後すぐにワインクーラーに入れられたシャンパンがテーブルの上に用意されて、四人で乾杯をして飲み始める。
タツくんは最初に会った時とのイメージとは全然違っていて、数人での会話も難なくこなし、楽しんでいるように見せる。
自分から積極的に話題を提供することも出来る、誰とでも気兼ねなく話をすることが出来るような、どちらかと言ったらなんだかチャラいやつだった。
クールであまり喋らない人、と言う第一印象は見事に裏切られたようだ。
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