ブスでも可愛い

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ブスでも可愛い

マネージャーとリョウさんが卓を去り、私は和田さんの隣へ座ると、さっそくニコニコとして、和田さんが来てくれてどれだけ嬉しいと思っているのかが伝わるように手のひらを握って、ナギサさんがタツくんにしていたように自分の膝の上に置いた。 和田さんもどのみち途中から私のことをそういう目で見はじめ出したのがわかり、色かけに近い方法へとシフトチェンジして行った客なので、このくらいは別に良いのだ。 ボーイがシャンパンをあける為に訪れ、私たちそれぞれの前に置かれているグラスに注いでから、ごゆっくりどうぞ、と言って下がる。 途端に、和田さんはいつもと同じ、耳にタコなセリフを私に投げかけてくる。 「おまえな、うたこはブスなんだから嫁に行けないだろ、俺がもらってやるから早く学校卒業しろよな」 「ブスでも生きていければいいんですよ、頑張ります。ってゆうか、和田さん見て見てー!今日はいつもよりも、スタイル良く見えるでしょう?」 「俺も気づいてたよ。いいなあ、これ!うたこもナギサみたいな服持ってるんだな!ナギサはもう少し痩せてたらな、美人だし、嫁にしてやるのに」 「ナギサさんは峰不二子って感じですよね~!」 「リョウは顔は可愛いし、礼儀正しくていいやつだけどな、背が高すぎるからな」 「で、私は顔がブスなんでしょう?それなのに、どうして私が和田さんのお嫁さんなの?」 「うたこは性格がいいからな、料理も出来そうだし、掃除も洗濯も出来そうだしな。話を聞くのも上手いし、俺の話をちゃんと聞いてる。うたこに励まされると、元気になるからな」 「そんな風に思ってくれてたんですねえ!だって和田さん、いつも本当に頑張ってるから…!そうそう、和田さんは、料理は和食?それとも洋食?どちらがお好きですか?」 「どっちも食えるよ、なんだ、うたこは料理はどっちが上手いんだ」 彼は「もしも私たちが結婚したら」と言う夢物語のような話をするのが好きだ。 新婚の二人の、結婚生活はきっとこんなものになるだろう、なんてそんな夢みたいな話を語るのが好きなのだ。 あり得ないことなのに、まるで本当にそうなるかのように。 だって実際の私は料理なんて全く出来ないし、掃除も洗濯も苦手な、面倒くさがりの女でしかないのだし。 だから私は、出来るだけその和田さんの描く夢を壊さない返答を、前もって検索などして色々と調べ、用意しているし、のんびりと話す女の子が好みだと知ったので、間延びした話し方をするようにしている。 「そうですねえ、私は和食なら作りますよ、でもお休みの日はオムライスとか作ることが多いかなあ、一人だと簡単な物になっちゃいますねえ」 「お、いいな、オムライス作れるのか、休日の昼飯とかに食いたいな」 「それって素敵ですね!旦那さまがお仕事で疲れてて、なかなか起きてくれないお休みの日に、少し早めのお昼ご飯作りながら、起きて来るの待つのって、幸せそう~!」 「そういうとこがいいんだ、うたこは。気遣いが出来るからな、シャンパン飲むか、乾杯してなかったな」 「あ、つい、夢中になっちゃってえ!ありがとうございます!頂きますね」 和田さんが気に入っている私の細い脚の、肉の少ない太ももの上で、その手のひらが布地の上から肌をこっそり、と言った感じでさすっている。 そして今日は大きく開いた背中から素肌が丸見えで、胸だって気合いを入れてギュウギュウに締め付けて盛りに盛った。 和田さんはあっという間に機嫌が良くなって、さっそく二人で乾杯をしてシャンパンを飲みながら、私にも「ほら、うたこも、どんどん飲め、明日は休みだろ」と勧めてくれる。 私はもう既に木村さんの卓で、日本酒をそれなりに飲んでおり、でいい感じに頭もバカになっていたので「わあ、ありがとう、和田さん、うれしい~!」なんて騒いでしなを作る。 何もかんも嘘ばっかで本当バカみてえ、と幾ら自分に対する罵倒が自分から飛んで来ようとも、そんなことは全てすぐに掻き消して、無邪気に頭を空っぽにしてゴクゴクと飲み干す。 「うたこは今日学校休みだったろ、昼間何してたんだ」 「今日はねえ、お友達と一緒にお昼はこのドレスを買いに行って、本屋さんに行ってからランチをしましたよ」 「ああそうか、このドレスを着たのは今日がはじめてなのか、じゃあ俺は今日来てラッキーだったわけだな。本屋では、何かいい本は見つかったか」 「私、歴史小説とか現代短歌が好きなんです。それで、何か新しいのないかなあと思って」 「うたこは本も好きなんだな、ますますいいな、頭の悪い嫁はいらないからな」 「あははは!でも、頭は悪いですよ、私」 「自分を卑下するな、うたこの悪い癖だぞ。そうか、うたこは歴史が好きなのか、俺も大河ドラマを観てるな」 嘘ばかりでもない、時々は本当のことだって言う。 そうしないと、「うたこ」は完成しない、ただの「完全なる別キャラ」としては生きて行けない。 和田さんが私が膝の上で抑えていた手をそうっとどけると、背中の、ドレスの生地のない部分をさすって来た。 ハイハイ、そうですか、自分を卑下する私を慰めるつもりで、私の肌に触るんですね。 「和田さん、シャンパンなくなっちゃったあ、和田さんは何を飲みますか?作りますよ!」 「お、そうか、じゃあ俺はハウスボトルでもいいから、うたこは飲みたい酒、何かあったらオーダーしろ」 「ええ、だったら一緒に同じものを飲みませんか?せっかく、一緒にいるんですから」 「…そうだな、一緒に選ぶか、うたこは酒の種類は、何がいいんだ」 「和田さんは、焼酎とかウィスキーがお好きですよね、私も飲めないわけではないので、和田さんのお好きなお酒でも全然大丈夫ですよ~!」 「いい、いい、前にキープしたのも残ってるから。うたこはいつも俺になんでも合わせるからな、たまには好きなものを頼め」 和田さんはすっかり笑顔で、つまり目がなくなっていて、背中に回した手のひらで私の体の温度を楽しんでいる。 つまり超ご機嫌なので、どうやら私のワガママも通じる状況だ。 今、私はNo3だ、その上酔っぱらってもいる、だったらもうシャンパンを頼もう。 ちなみにテキーラを頼むと確実に死ぬことはわかっていたので、若い客が団体ででも来店しない限り、私はテキーラは絶対に飲まない。 「おねがいしまーあす!!!」 私がボーイを呼ぶ声が、騒がしいフロアに響き渡る。 まだ若く、私と同じ頃に店に入ったと聞かされていた方のボーイがすぐに気づいてこちらの卓へとやって来る。 私は、可愛らしいピンクのボトルの、よく指名客がオーダーしてくれるシャンパンを持って来るように頼むと、後どのくらいでこの卓を離れられるのだろう、と考えていた。 和田さんは、ボーイが来たことによって、自分のとっている行動が店側にバレてしまったらまずいと察したのか、私の背中に触れることはやめていた。 ただ、気まずくはあったのか、素知らぬ顔をしているようだが、自分のシャンパングラスに残っていた分をグイっと一気飲みで片付けはじめた。 「うたこ、本が好きなら今度オススメを持って来てやるよ」 「和田さんのお好きな本、どんなジャンルのものなんですか?」 「俺はミステリーが好きだな、後は映画の原作になった本を良く買うな」 「へええ!!なんか、あったま良さそう!!」 「俺は頭はいいんだよ、言ったろ、うたこは若いから、恋愛モノとかがいいのか」 「どうでしょう?読み物として面白ければなんでも!」 「じゃあ、本好きな夫婦になるからな、本を置く為の部屋があるといいな」 「そうですねえ!そういうお部屋って、私ずっとずっと夢でしたねえ」 うっとりと、「未来のお家」の想像を二人でアレコレと語っていると、新しいシャンパンが卓に用意され、今まで置いてあったワインクーラーは片付けられ、からになったボトルだけが残される。 私は、その新しくオーダーしてもらった方のピンクのボトルを抱っこして、和田さんに「写真撮って下さーい」とお願いすると、自分のスマホを手渡した。 私、ピンクって大好き。 白と赤を混ぜて作るんだよ。 真っ白な純粋で純真な心と、真っ赤に燃えていて深紅の憤りを表すような、そんな二つ。 それを混ぜると、こんな嘘みたいに可愛らしい色になるの。 和田さんが、自分がオーダーしてやったシャンパンにはしゃいで喜び、撮影をお願いする私のことを、顔は「ブス」だと思っているだろうが、仕草さや振る舞いに関しては「可愛い」と感じるように、そんな風にして私は彼に接する。 写真を撮ってもらい、和田さんの撮り方が上手だと褒め、再び二人で乾杯すると「新婚の夫婦の生活」の「何気ない喜び」を話題として、彼のことを楽しませる。 次はキヨシくんの卓でまた別の種類のシャンパンを飲まなければならない、と言うことはもちろんわかってはいた。 それでも私の笑い声と、グラスを傾ける回数は減らないし、止まりもしなかった。
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