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彼女の案内で通されたのは、カウンターの奥へと続く部屋だった。
店内の雰囲気とは打って変わり、それこそお洒落なカフェの一角を切り取ったかのような空間が拡がっていた。
事務室にしては、やりすぎなほど凝った内装だ。
「お客様、お名前は?」
テーブルを挟み対面するような形でソファに腰を下ろすと、彼女はいつの間にか革製のメモ帳と万年筆を取り出していた。
「中林です」
「早速ですが中林さん。貴女には、消したい思い出がありますか?」
「え、」
考えるよりも先に出てしまった率直な反応だった。
もしかするとユキハラさんは、スピリチュアル的な話を始めようとしているのだろうか。
「ああ、すみません。こんな聞き方混乱しますよね。先程の作品ね、全部お客様に提供していただいた思い出なんですよ」
「提供、ですか。思い出の?」
分かりやすく説明しているつもりなのだろうが、私にはまだ理解が出来ていなかった。
「誰にだって忘れたい思い出の一つや二つあるでしょう?そんな思い出達を、買い取らせていただくんですよ」
何かを愛おしむように細められた目で見つめられ、本格的まずい場所に足を踏み入れてしまったのではないかと、私は乾いた空気をグッと飲み込んだ。
「買い取るって......。あ、いやでも、私には忘れたい思い出なんて全然」
「ないんですか?嘘。あるでしょう?中林さん」
まるで罪の告白を催促しているような力強い口調だ。
心ならずも浮かんでしまったのは、崎本くんの姿だった。
一瞬動揺する私を見て、ユキハラさんは確信のこもった妖しい笑みを浮かべる。
「やっぱり、あるんだ」
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