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窓際の最後尾。教室の全体を見渡せるこの席で崎本 敦也くんの後ろ姿を眺めているこの時間が、私にとって何よりの幸福だ。
蜂蜜色の柔らかそうな髪も。意外と気崩していない制服も。可愛くないマスコットが付いたスクールバッグも。崎本くんの全てにときめいていた。
眺めているだけでいい、寧ろそれがいい。
だって自分から話しかけたことも無い。
幸い長い前髪と眼鏡のお陰で、この幸福の一時は誰にもバレていないわけだし。
休み時間になると何時も彼を取り巻く女子生徒達にだって、嫉妬心は微塵も湧いてこない。大勢に好かれているところも含めて大好きだから。
「ねぇ敦也、もう内定もらってるって本当?」
「しかも大手のとこでしょ!あっつんの取り柄なんて顔だけなのに、どんな小細工使ったのよ〜」
HRが終わると教室は途端に騒がしくなる。
帰り支度を済ませた女子達がカバン片手に始めたのは、どうやら崎本くんの話題らしい。
「うわ、今さり気なくディスったくね?
まあ進学じゃねぇし、頭よりもハートでカバーよ。自己プロデュース能力の高さはおれの数少ない取り柄だっつの」
「うっそ初耳!人事部も見る目ないよね〜」
「言ったね?秒でエースんなるから見ててみ」
「あはは、もう本当に馬鹿なんだから〜」
やっぱ凄いな、崎本くん。
一言でいいから、おめでとうと言えたらいいのに。
どんなに思ったところで、私に出来るのはせいぜい心の中で勝手な相槌を打つことだけだ。
帰り支度を済ませてしまった私に教室に居座る勇気もなく、まだまだ続きそうな会話に背を向け
後ろ髪を引かれる気持ちで教室を出ていった。
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