3人が本棚に入れています
本棚に追加
カランコロンーー
心地よく響いたベルの音は、レンタルショップというよりもお洒落なカフェを連想させた。
店内は思っていたよりも広く、見渡す限りでは一人の利用者も見えない。
毎日この道を通っていた私ですら見逃していたくらいだ。あまり知られていないのだろう。
唯一見えているのは、奥のカウンターに居る女性のスタッフだけだ。なにやら俯きながら作業に熱中しているようで、私が来店したことにも気づいていないらしい。
赤くなってるであろう目元を見られずに済んで好都合だと、さっそく棚に並ぶDVDを一本手に取ってみたところで、すぐに違和感に気がついた。
「あれ......」
普通なら背表紙に記されているはずのタイトルが、そのDVDには無いのだ。
「......え、なにこれ」
良く見ると、棚に並ぶ作品には、全てタイトルが付いていなかった。
表面にもタイトルが無い。裏面を見ると、普通のDVD同様に、ざっくりとしたあらすじと、いつくかの場面が紹介されている。
これは、どういうことだろうか。
「気になる作品がございましたか?」
「きゃ!」
振り返ると、さっきまでカウンターで作業をしていた女性スタッフがいつの間にか傍に立っていた。
「あら、すみません。驚かすつもりじゃなかったんですよ」
ユキハラという名札を右胸に付けた女性は、悪びれる様子もなくそう言った。
「や、えっと。私の方こそすみません。あの、ここにある作品って、タイトルは......?」
大きな声をあげてしまったことが恥ずかしくて、もっともらしい話題に話を逸らそうと早口に言い切ると、ユキハラさんは待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせた。
「これは全て、当店を利用されたお客様の思い出なんですよ」
思い出。そのフレーズで真っ先に浮かんだのは、店前に出ていたノボリだ。
「......思い出レンタル」
「まぁ。ご存知で?」
「お店の前に、そう書いてあったので......。あの、思い出レンタルって何でしょうか?」
「フィクションじゃ満足出来ないお客様がお求めになる、この世で一番、リアルな作品です」
長く艶やかな黒髪を耳にかけると、ユキハラさんは見とれるほど妖艶な笑みを浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!