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「......例えばそれって、ある部分に関することだけ、とか。えっとその、ある人に関わる思い出だけを、綺麗さっぱり消すことは出来るのでしょうか......?」
後から思うと、この時私はどうかしていたのかもしれない。
誰にも話せなかった想いを『聞いてあげる』と熱心に諭されているような気がして、いつの間にか、不安にも勝る安心感さえ感じていた。
「はい、もちろん。そういうお客様も多いですよ」
「......その人に対する想いなんかも、完全に?」
「はい、完全に。まずは中林さんにその人物に関わることを可能な限り事細かにお伺いします。その内容をもとに、貴女の頭の中から消すんです。該当する思い出だけを、少しづつ。そうですね、二ヶ月ほどかけて」
二ヶ月......。ちょうど、卒業式の少し前くらいだろうか。
もちろんそんな話を信じているわけじゃない。
それでも詐欺や宗教の勧誘の類だと疑う心はすでに無く、私は変わったカウンセリングを受けているような気でいた。
進学を迎えるタイミングで、心が少しでも軽くなれるならそれでいい。
「あの、相談料って......」
「まさか、頂きませんよ。これは思い出買い取りサービスです」
「さ、サービスって」
「と言っても、実際お客様の思い出に金額なんて付けられません。
敢えて言えば、対価は目に見えない幸福ですよ。要らない思い出を消しているわけですから。
それで買い取りなんて言葉を使ってるだけ。まあですから、ただのサービスです」
「はぁ、なるほど......」
あくまでレンタルショップというコンセプトを貫く気なのだろう。
今回に関しては相談料は発生しないようで、とりあえず良かった。きっと次回からはいくらです。なんて帰り際にでも言われるだろうが、その時は予約をせずに帰ればいいだけだ。
そう思うと、途端に肩の力が抜けてきた。
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