神成り

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   *  削られているな、とある時俺は思った。  雨だれは長い時をかけて岩をも穿つという話を聞いたことがある。長年同じ場所を打たれた岩には穴が開くのだという。それを利用して、雨に打たれる位置を変えたり岩を動かしたりして、何十年もの時をかけてひとつの石像を作り出すことも出来るのだそうだ。  しずくによって、俺の首はどうやら胴体から離されようとしているようだった。  痛みはないがその感覚がある。じわりじわりと首は浸食され、穿たれていっている。  ひとしずくごとに首のくぼみは深くなり、そこに溜まる水の量も増えていく。目では確認できないが、もはや窪というより淵であろう。  ある朝とうとうそこが貫通し、溜まっていた水がすべて真下に流れ落ちた。  襖を開けて入ってきた弟が濡れた布団を俺の体の下から苦労して引き抜いた。使い物にならぬと思ったのだろう。もとより俺にももう布団などというものは不要だった。  弟は布団を片付けると、今度は俺の体を少し、ずらした。首の穴は貫通したがまだ体と繋がっている。その部分をしずくに打たせようというのだろう。  体勢が変わって少し視界が開けた。俺の部屋には何もなくなっていた。  俺と弟は、仲の良い兄弟ではなかった。幼い頃は普通に過ごしていたが、成人する頃には言葉を交わすことが少なくなっていた。喧嘩をしたり口論をしたりとわかりやすく反目したことははなかった。互いに積極的に関わることはなく、好んで会話をしようとすることがないだけだ。  どこの家でもそうだろう。  そういった関係が続いて、互いに三十歳を過ぎたともなれば尚更交流は減る。俺たちは同じ家にいながら、他人のように過ごしていた。 「家族」という括りがあるため同じ家にいるというだけの、そういう間柄だった。  ――と、俺の方ではそう思っていたが、弟の方ではどうであったかはわからない。  弟はたまに俺の部屋を訪れると、時折俺をごろりと転がして水に打たせる位置を変えた。しずくに打たせたい場所を固定するために、体の下に折りたたんだ座布団を挟みこませることもあった。それはとても丁寧な作業だった。  俺は畳の目を数えたり天井の木目を眺めたりしながら、しずくに打たれ続けた。  俺の首と体はおかげで、もういよいよ繋がりが無くなろうとしていた。
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