神成り

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    *  俺の顔は次第に球形となっていった。頤の出っ張りも収まり、まぶたや唇なども均され耳も削られ、俺はただの玉となろうとしていた。  弟は丹念に作業をした。目指す形があり、その形になるまで諦めることはないようだった。  俺の頭は弟の手によって円く作り変えられた。  そうして凹凸を失った俺の頭は、手で抱えられる大きさとなっていた。  弟は玉となった俺を持ち上げると別の部屋に運んだ。  そこには小さな座布団のようなものが、周囲よりも少し高い位置に据えられていた。香と細い煙が漂っている。  弟は俺をその座布団のような場所に置くと、正面に座ってとくと眺めるのだった。  まるで神の座だ。  俺は弟の視線を受ける。感情はまるで読めない瞳なのに、そこに込められたものは突き刺さすように、貫くように向かってくる。  あの目をよく向けられていたなと、そう思い返した。何を言うでもなく、ただ俺を虚無を宿したような目で見ていた。  地底を覗き込むような、そこにいる罪人を眺めるような目だった。  思うに、弟は俺を憎んでいたのだろう。おそらくは、ひどく激しく、俺に怒りを抱いていた。  長年兄弟をやってきていながら、俺は気づきもしなかった。  どこにでもいる、互いに興味を失った兄弟だと思っていた。口論することもなく反抗の意志を見せることもない弟を、俺は何があっても家族なのだと、おそらく怠惰な思考で甘えて信じていた。  けれど、その考えはあらためられた。  あれほど丹念に俺の顔や個性を削り続けた弟に、俺に対して家族としての情があったのだと思えるほどに愚かではない。  あの丁寧な仕事は、怨嗟ゆえのものだ。  だというのに、俺は弟の心に決定的な憎しみを植え付けた出来事すら覚えていない。  それがいっそう弟の憎悪を増すことになったのだろう。  いつからか弟は、あの目でじっと俺を見るようになっていた。渦巻いている憤怒や恨みをぶつけることさえ諦めた瞳。ただ強い感情がその底にどろどろと存在していた。  俺が興味もなく関わろうとしなかったのと違い、弟は激しい拒絶の心を持って俺との関りを避けていたのだ。  それほど忌むのであればいっそ殺せば良かっただろうにと、俺は玉になる前、弟に長い時間をかけて削られながら思ったものだった。  ゆっくりと、永遠のようにゆっくりと滴り落ちるしずくを受けながら、それでは足りなかったのか、とも思い直した。  ――殺すだけでは足りぬのか。  そうなのだろうな、と考える。  何度殺しても足りないほどの憤りがあるのだろう。心に根深く刺さって抜けないほどの、赦せぬ何かがあるのだろう。  でなければ長い時をかけてあれほど執拗にしずくに打たせ続けるはずもない。  俺を玉にしたことにどういった意味合いがあるのか、ここに運ばれるまで皆目見当がつかなかった。  けれどこうしてこの場所に運ばれ、弟が手を合わせるのを見た時、ようやく合点がいった。  ――神にするのか。  強い憎しみと怒りを隠すことも無くすことも出来ないのなら、弟は「それ」を祈りに変えることにしたのだ。  抗えない負の感情を、ねじ伏せて閉じ込めて耐えるのではなく、転換させる。  悪しき鬼を強き神と見なして祀るように、激しい呪いを、強い祈りへと。  呪詛も信仰も、込められるものの中身さえ判じなければ強い思いであることは変わらない。煮えたぎる憎しみも見返りを求めない愛も、同等の重さ強さを持っている。  消しきれずに渦巻く憎しみを、ただ純粋なひとつの思いであると見なして捧げようというのだ。  長い時をかけて俺という存在を、一つの念を受けるためだけのものに弟は作り替えた。祈りや願いを向けるものへと。  そうして丹念に穿たれ削られ続けた俺の頭は、玉となり神の座に据えられた。  俺は――私は、弟の神になったのだ。
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