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私だけの距離
「ギャーっ! 見て見て見て、カッコいいぃぃぃぃっ!」
大きいテレビ画面の推しのどアップで、モモが叫んだ。
「ああああ! 好き好き好き好きぃぃぃっ!」
私の腕を揺さぶって叫び続けるモモから、甘いフローラルブーケの香水が香る。
「あー、最高……最高すぎる……尊死、尊死する」
カラオケの小さい個室で5回目のDVD上映会。テレビの向かいに2人並んで座るけど、モモは立ったり跳ねたり座ったりで忙しい。
「ツキちゃん、いっつも付き合ってくれてありがとー」
「ううん、私も楽しーし」
「ホントっ!? このカッコよさ分かってきた? でもT君以外でね!」
「同担拒否なんでしょ? だいじょーぶだって」
「ガチ恋だからライバルになりたくないのっ。ツキちゃんとしか騒げないのにツキちゃんがアウトになったら死んじゃう!」
ふんわりした眉を下げて大袈裟に困った顔をするモモは、あざとくて可愛い。
幼馴染のモモは昔から可愛くて明るかった。友達は多いけど、いつも一緒なのは私。それを嬉しいと思う気持ちがなぜか恥ずかしくて、そっけない態度を取ることも多かった。
私だけ受かってしまった高校へ別々に通うようになってからも遊びに誘ったけど、断られ続けだんだん疎遠になっていく。仕方ないと思うけど、だんだんお洒落に、ますます可愛くなっていくモモ離れた場所から見ているのは苦しかった。
大学受験で勉強を教えてと言われて久々に会ったとき、やけに落ち着かない気分になったことを覚えてる。メイクした大人っぽい笑顔と、ツヤツヤに磨かれたネイルが綺麗で眩しく、別世界の人みたいと思った。話したら昔と同じように馴染んだけど、胸の奥に残った眩しい光は消えなかった。
大学の入学祝でデパコスを買に行き、モモがお試しメイクしてもらうのを眺めた。モモが差し出す軽く閉じられた唇に、BAさんの細いブラシが触れる。ブラシが動くごとに柔らかく艶やかに色付いていく。目を閉じてるモモはまるでキスを待っているようで、私はそれを奪いたいと、食べてしまいたいと思った。
初恋は知らない。男の子の話をするより、可愛いモモを見てるのが好きだった。それがなぜなのか、気付いてしまえばすべてが変わる。この感情に塗りつぶされた私は、打ち明けられた恋の相手が画面の向こうなことに安心して、性別が男なことに落胆した。
***
「わかってるってー。私が楽しいのは叫びまくるモモが面白いからでー」
自然なフリをしてモモの肩をポンポン叩き、話してる間だけ手を置いたままにした。幼馴染の気安さは苦さもあるけど、ありがたくもある。
「えー、もー、アタシじゃなくて画面見てよー」
「見てる見てる。見てるけど、動きがすごいから目に入るというか」
「うー、そうなのっ。興奮してもう止まれないのっ。うるさいよねーごめん。でもオフ会はさー、やっぱ同担拒否だから行けないし、ツキちゃんだけが頼りなの」
ガクッと俯いて、グロウリップで潤んだ唇を小さく尖らせた。
「誘って誘ってー、楽しみにしてるし。モモの熱気がすごいから若返りそう」
「なにそれっ、おばあちゃんじゃん」
2人で笑い転げたその隙に、そっと体をぶつけてみる。飛び跳ねてたモモの体は熱くて、このまま抱きしめてしまおうかと危険な考えが頭をよぎった。
「さて、二枚目いきますか!」
威勢よく言ったモモが再生ボタンを押し、始まりを待つその唇にストローを咥えた。
「見て見て、始まる。……あ~カッコいぃ~」
推しカラーのネイルをした手でコップをテーブルに戻す。
画面を凝視しながら、私の腕を軽く叩いて合図するモモを盗み見た。カールしたまつ毛に縁どられた目に、テレビの光がチカチカ瞬く。
この距離は私のモノ。いくら騒いだっていい。いくらでも好きでいていい。だってそのあいだは私と一緒だから。私だけがモモの理解者でいられるから。
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