フォルトゥーナ・S・八百万は予言を歌う

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――終末へのカウントダウン   カタストロフィにはならない   静かな眠りを愛しきあなたへ   それまでは、せめてあなたらしく   思い残さないで、なにもかも――  小気味よいリズムでその歌は流れた。日本時刻で朝七時、立体映像として映し出される彼女の新曲は、全世界に同時中継されている。彼女の名前はフォルトゥーナ・S・八百万(やおよろず)。日本が誇るAI(人工知能)の電脳歌姫だ。  彼女は、驚異的なその学習能力で様々な分野の発展に貢献した。そのなかでも特に注目されたのは「彼女が自ら創造する楽曲」だった。彼女の作る曲は必ずと言っていいほどの流行を生み、今では全世界に中継・同時翻訳されたくさんの人の耳に届いている。もちろん、その翻訳も彼女自身が行っている。  だからこそ、今朝の新曲が流れた時に未來(みらい)は違和感を覚えた。 ──おかしい。フォルトゥーナが「終末」なんて歌詞を入れるとは思えない。  彼女の楽曲が人気なのは、人が望む「幸せを感じる曲」をディープ・ラーニングの末に生み出すようになっているからだ。そうなるように、私が作ったのだから。  未來はスーパーコンピューターの前に座り、彼女に異常がないかをスキャンする。  彼女を形作る深層まで目を通すが、特に異変はない。  思い過ごしならいいのだが……。  未來は大きくため息を吐いた。  最近、フォルトゥーナに関して眉唾ものの都市伝説のような話ができているのを知っていたからだ。  それは「フォルトゥーナの歌は未来を予言している」というもの。彼女が雨の歌を歌えばどこかで大雨が降るだとか、彼女の歌詞に薬という単語が入っていた次週には画期的な新薬の開発に成功したとか、そういうものだ。確かに彼女は膨大なデータを超高速で演算し、様々な答えを出すことができる。今までのAIでは困難とされていた芸術分野のことですら解を出す。  しかし、確定できない自然災害や人を不安にさせるような予測や言動をしないように、彼女の言動にはプロテクトをかけているのだ。だから、仮に予測ができたとしてもそのようなことを意図的にはできない。ネット上で囁かれている都市伝説は全くの妄想でしかないのだ。  呟き型SNSを開くと、「#フォルトゥーナの予言」がトレンド入りしている。 「今日のフォルの新曲、どういう意味だろ?」 「世界滅亡きたこれ!!」 「既存の世界が終わる……つまり新エネルギーの発見か」 「どうでもいいけどサビからの転調がネ申」  予言があるものとして話されているのは、開発者として気持ちいいものではない。それどころか予言説過激派は、開発者の未來のことをここぞとばかりに叩いていた。 「AIになんでもかんでもやらせるな」 「これって情報操作じゃね?」 「不安を煽ってるよな」 「#フォルトゥーナの開発者に抗議します」 「#機械に任せるのはもうやめて」 「#人のぬくもり思い出そう」  未來は思わず舌打ちをする。  ──人間より遥かに効率的かつ正確に、様々なことを彼女が管理することで今この世界は平常運転ができている。だいたい、プライバシー保護の観点からもAIが情報を見てくれるほうがいいじゃないか。 「BLUE(ブルー)・特定のアカウントをミュート」  未來がそう呟くと、スーパーコンピューターの画面から未來が不快に感じるであろう呟きが非表示になった。フォルトゥーナ・S・八百万に続く人類史に残る偉大な発明、BLUEである。頭蓋骨に埋没されたチップが、その人間の生体反応や神経の動きを読み込む。他のコンピューターと連動して、意識だけで操作することはもちろん、使用者の健康状態さえ把握することができる代物だ。フォルトゥーナ・S・八百万とBLUEの相乗効果により、人類はさらなる発展を遂げていた。  未來の研究室の中心には、七色に光るフォルトゥーナの姿がある。この研究室……もといこの高層ビルのほぼ全てが彼女を構成するスーパーコンピューターなのだ。 「人類の幸せを願って作ったのに……、キミを悪く言うやつの幸せも願わないといけないのは、辛くない?」  フォルトゥーナは答えない。未來が答えを望んでいないと解を出したのだろう。  研究室にはファンの音だけが鳴り響いていた。
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