協力に感謝

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協力に感謝

 ティーカネン家はまだ一人残っているアリサのメイドに給金を払い、アリサも含めて困らないよう生活費も渡しているという。  もちろん、そのこともアリサには内緒である。 「わたしも援助をしたい」 「殿下。これまで、あなたからも充分援助をいただいています。それよりも、今日こそが勝負です。彼女を落とすのです。今日は殿下の背を押すために、アポイントもなくおしかけました」  そして、プレッシャーをかけられてしまった。  とはいえ、突然のことでまだ心の準備が出来ていない。 「それと、来週の舞踏会に出席なさってください」 「ああ、かならず。そうだ。彼女のドレスや装飾品一式を準備させてくれ」 「それはご心配なく。父が彼女の為に準備する気満々で……。いえ。やはり、それは殿下がなさるべきですね。実際の準備は、わたしがいたします」 「任せたよ、ソフィア」 「任されました、殿下」  彼女は、クスリと笑った。 「殿下、お時間をとらせてしまいました。さあ、図書館に。あとでわたしも様子を見に参ります。あとは、なるようになります。あなたに幸運を」  彼女はドレスの裾を持ち上げ挨拶してから、執務室を出て行こうとした。 「ソフィア」  その彼女の背に呼びかけた。  扉の前で体ごと向き直った彼女は、周囲をパアッと明るくするほど美しいと心から実感した。 「いろいろありがとう」 「礼にはおよびません。わたしは、殿下もですがアリサにしあわせになってもらいたいのです」  彼女は、やわらかい笑みを残して執務室を出て行った。  約束の時間が迫っている。  心の準備が終わらないまま、執務室をあとにした。  王立図書館は、一般の人々にも開放されている。したがって、そこへ行くときには近衛兵たちがぞろぞろとついて来る。立場上、仕方がないといえばそうである。  しかし、一般の人々に「いかにも」感をあたえてしまう。出来るだけ、王太子であることを悟られたくはない。だから、近衛隊の制服ではなく、シャツにズボン姿でついてくるということで譲歩した。  それでも、屈強な男ばかり四、五人がぞろぞろとついて来れば、「いかにも」感は拭えないのだが。  というわけで、今日もいつものように近衛隊には図書館の裏で待ってもらい、わたしは表から入館した。  やさしいアリサは、近衛隊の為に図書館の裏に簡易椅子と小さなテーブルを置いてくれている。そして、紅茶や菓子をふるまってくれる。雨の日には、裏口から中に入って会議室で待ってもらうことになる。  そのときの紅茶や菓子代は、アリサのポケットマネーである。当然、彼女が代金を受け取るはずもない。  だから、館長に寄付している。一般の人々の望む本を入手してもらったり、設備を整えてもらうために。  それはともかく、今日はいつもと違う。これまでとはまったく違う。  緊張が嫌でも増す。他国のどんなやり手の外交官や貴族を相手にするときでも、これほど緊張したことはない。  心臓が飛び跳ねまくっていて、口から飛び出してしまいそうだ。あるいは、突然その動きを止めてしまいそうだ。  どちらもまだ勘弁してほしい。  出来れば、アリサに告白して彼女からいい返事をもらえるまでは。いや、いい返事をもらって彼女のしあわせな微笑を見るまでは。  いや。二人で心ゆくまで本を読み、語り合うまでは。  いやいや。彼女と子どもたちといっしょに本を読むという究極のしあわせに到達するまで、死ぬわけにはいかない。  彼女とまだ見ぬわたしたちの子どもたちのしあわせこそ、わたしが守らねばならない。  って、わたしは何をかんがえている?いくらなんでも、それは気が早すぎるだろう。  まずは、アリサをしあわせにすること。そこからはじめるべきだ。  ってその前に、そのアリサに想いをぶつけなければ……。 「アリサ、こんにちは」  彼女は、いつものように図書館の入り口で迎えてくれた。 「王太子殿下、ご挨拶申し上げます」  彼女を見た瞬間、さらに緊張してしまった。  一瞬にして、頭の中が真っ白になってしまったじゃないか。  とはいえ、それも一瞬のことである。  彼女はいつものように挨拶をしてくれたし、いつものように左半面を隠して俯き加減で微笑んではいるけれど、様子がおかしいことに嫌でも気がつかずにはいられない。  ソフィアに婚約破棄のことをきいていなかったとしても、いつも接している彼女とは違う。  もう十年以上の付き合いである。彼女の様子が違うことくらい、すぐにわかってしまう。  これもまた、彼女はいつものように先に立って書庫へ案内してくれる。その彼女の背を見つめている。そして、地下にある書庫へと続く階段を降りはじめたとき、思いきって尋ねてみた。 「アリサ、何かあったのかい?」  だけど、彼女はすぐには答えなかった。 「い、いえ。何もございません」 「気のせいかな?元気がなさそうだけど」 「いつものように元気ですよ、殿下」  ちょうど階段を降りきった。彼女は、書庫の扉を開けてくれた。
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