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「やはり、あの小説は殿下のお勧めの一冊だったのですね。もちろん、図書館で解禁になる前に読ませていただきました。これは、司書の特権ですよね」
クスリと笑う彼女はキュートすぎる。残念なことに、彼女はそれに気がついていない。
「ですが、あの崖のシーンと王宮内でのシーン、あれは……」
し、しまった。
本の話、とくに好きな作家の小説の話になると、彼女の中のどこかにスイッチが入るみたいである。
こちらが口をさしはさむ間もなく、ずっと批評や意見を述べまくっている。
ああ、これは失敗した。
だけど、こういう彼女を見ているのは気持ちがいい。控え目でおとなしい彼女も素敵だが、積極的で熱い彼女もいい。
そうこうしているうちに、時間が来てしまった。ソフィアもやって来ているかもしれない。
アリサがせっかく準備をしてくれたのに、目を通すことのなかった資料を戻そうとした。しかし、これもまたいつものように「そのままになさってください」と彼女が言ってくれた。
「いや、いい。自分で戻すから。場所だけ教えてくれるかな」
当然のことである。それでなくても、準備してもらうだけしてもらったというのに、まったく目を通さなかったのである。せめて自分で戻さないと。
「それでは、こちらへ」
そのとき、彼女が机の上の資料をとろうというのか手を伸ばしかけた。
が、わたしも同様に手を伸ばしかけている。
「きゃあっ!」
彼女の叫び声は、静まり返っている書庫にこれでもかというほと響き渡った。
けっして、けっして狙ったわけではない。あくまでも、資料を取ろうとして彼女の手に触れてしまっただけである。
くどいようだが、タイミングを狙ったわけではない。
いや……。
偶然、触れることになったらいいかも。
少しだけ。そんなふうに思ったかもしれない。
そんなわたしのささやかな期待を咎めるかのように、彼女はまるでわたしが真っ裸になって不都合なところをブラブラさせたみたいに悲鳴を上げてしまった。
さすがにショックである。
「す、すまない」
「わ、わたしこそ大声を出して申し訳ありません」
すぐに謝罪をした。
彼女に悪いことをしてしまった。だけど、手に触れただけであれだけの反応をされてしまったら、彼女にあまり信頼されていないのかな、とへこんでしまう。
気まずい思いをしながらそそくさと資料を戻し、書庫を去った。
ソフィアは、すでにやって来ていた。
彼女は、図書館の貴賓室で待ち構えていたのである。
「王太子殿下、ご挨拶申し上げます」
今日二度目の彼女の挨拶である。
「ソフィア、あいかわらずだね」
自分でも何があいかわらずなんだろうと思いつつ、いつも同じように返してしまう。
「『あいかわらずだね』?まあ、王太子殿下。あいかわらず美しいだなんて、殿下もお上手ですこと」
彼女は、自分の冗談に笑った。が、わたしにはその余裕がない。
アリサにかんじんなことを、まだ告げていないからである。
「まあ、ね」
それをソフィアに無言のうちに伝えたかった。
ソフィアの長い睫毛が揺れ、瞼が見開かれた。それから、彼女はアリサの前に立った。
「アリサ。あなた、婚約を破棄されたんですってね」
ソフィアがいきなり核心をついてきたので、心の中でぶっ飛んでしまった。
「なんだって?」
ソフィアがいきなり本題に入るから、思わず叫んでしまった。
「殿下、そうなのです。アリサは、ラムサ公爵家の長男ガブリエル・ラムサと婚約をしていたのです。それが、婚約を破棄されてしまったというわけです。なんでも、彼は来週王宮で行われる舞踏会で公にするとか。その際、ついでといってはなんですが、あたらしい婚約者のお披露目をするらしいのです。ちなみに、そのあたらしい婚約者というのは、このわたしなのですけれどね」
すでに知っていることとはいえ、アリサを貶め辱めるラムサ公爵家子息にたいする怒りがぶり返してくる。
「なんだって?」
その怒りをおさえこむため、当たり障りのない反応をした。
ああ、アリサ。そんなに悲しい表情をして……。
いますぐにでも彼女に駆け寄り、ギューッと抱きしめたい。
その衝動をおさえこむのに、相当な努力を必要とした。
「そ、そうだったのか。それは、なんて言っていいか……」
衝動をおさえながら、やっとのことでそう言った。
彼女の顔が、さらに悲しみに染まっている。
そのとき、ソフィアがいつの間にか彼女の背後に移動していて、こちらに口の形だけで何かを伝えようとしていることに気がついた。ついでに、両腕でアリサを指している。
ああ、わかっている。わかっているんだ、ソフィア。だけど、ほんとうになんて言っていいかわからないんだよ。
ほとほと困りはてている。
これで外交官だというのだから、自分でも笑うしかない。
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