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思うようにいかない……
「殿下、『なんて言っていいか』ではございません。かけるべき言葉があるじゃありませんか」
そのとき、経験豊富でこういうことにかけてはスペシャリストのソフィアが水をむけてくれた。
いまだ、いまだぞ、わたし。
せっかくソフィアがきっかけを作ってくれたんだ。それをいかさなければ男じゃない。
気づかれない程度に息を深く吸い込み、気合いを入れた。
「あ、ああ、ああ、そうだね、ソフィア。ア、アリサ……」
「殿下。どうでもいいことに、お気遣いいただく必要はございません。心よりお詫び申し上げます」
「い、いや、アリサ、違うんだ……」
なんてことだ。告白するタイミングで、彼女にピシャリと言われてしまった。
アリサの向こう側で、ソフィアの口の動きと体の動きがさらに激しくなっている。いまやソフィアは、全身でジェスチャーをしている。
アリサに告白するのよ、と。
「ソフィア、どうしたの?」
ソフィアの動きの激しさに、アリサが気がついてしまった。
「舞踏会であなたが着用するドレス、わたしのを使えばいいと思っているのよ。だから、あなたの体のサイズを確認していただけ」
ソフィアは軽く咳ばらいをしてから、生真面目な表情でそう答えた。それから、両肩をすくめた。
マズい。ソフィアを怒らせてしまった。
わたしが不甲斐ないから、ソフィアは怒っている。
「舞踏会?わたし……」
「ダメよ。行くの。来週の舞踏会は、あなたが主役なんだから。だから、ぜったいに行かなきゃダメ。あなた、それでなくっても社交的じゃないし、他人を避けてきているのに、ご両親が亡くなってからますますひどくなっているじゃない。まぁ、あの叔父と叔母のせいでもあるんでしょうけど……。とにかく、屋敷に来なさい。ドレスや靴や装飾品は、すべてわたしのを使えばいいのだから。欠席することだけはダメよ。何度も言うようだけど、来週の舞踏会はあなたが主役、なのだから」
ソフィアのわたしにたいする苛立ちが、アリサに向いてしまった。
アリサ、許してくれ。
心の中で何度も詫びずにはいられない。
ああ、アリサ……。
かわいそうに、彼女は一方的に告げられて途方に暮れてしまっている。
彼女にすれば、舞踏会に出席することじたい好ましくない。その上、婚約破棄の発表をされることがわかっている。どうして出席出来ようか。
「口惜しいけど、あなたが主役でわたしは準主役といったところかしら。婚約を破棄される悲劇のヒロインの前では、婚約を破棄する男のあたらしい婚約者はかすんでしまうでしょうから」
ソフィアは、そう言ってから凄みのある笑みを浮かべた。
彼女は子どものころからアリサのことが可愛いし心配でならない。だけど、彼女はちょっと素直じゃないところがあるから、アリサに厳しくしてしまう。
とくに彼女の両親が亡くなり、後見人として叔母夫婦が乗り込んできてからは、よりいっそう厳しくなった。
それもこれも、アリサの為を思ってのことであることはいうまでもない。
「殿下もいらっしゃるのですよね?」
ソフィアの苛立ちが、わたしに向けられた。
「えっ、どこへ?」
動揺しているのも手伝ってか、かんがえる前に口から言葉が出てしまっている。
「どこへって決まっていますわ。来週の舞踏会です」
「あぁ舞踏会、ね。わたしもああいう場は苦手で……」
「殿下っ!」
ああ、なんてことだ。まったくかみ合っていない。
もうボロボロだ。
今日は、これ以上のアプローチは諦めるしかない。というか、まだ舞台に立ててもいないのだが。
「来週の舞踏会は、王家主催ではございませんか。それこそ、王国中の貴族が集まるのです。国王陛下も出席なさいます。それを王太子殿下であるあなたが『舞踏会は苦手で』という理由で出席なさらないなんてありえません。出席なさってください。そして、劇をご覧になるのです。婚約破棄とあたらしい婚約の物語の舞台をね」
ソフィアがこちらに近づいて来る。
彼女の苛立ちは、いまやマックスに違いない。
「というわけでアリサ。近いうちにうちの使用人に呼びに行かせるから、かならず屋敷に来るのよ。それでは殿下、参りましょう。せっかくなのです。午後のサロンでの集いに参加なさってください」
彼女は、そう言うなりわたしの腕をむんずとつかんだ。それから、歩きはじめた。
「ア、アリサ!また寄らせてもらうから」
「は、はい、王太子殿下。お待ちしております」
ソフィアに引きずられるようにしながら、アリサにその一言を伝えるのが精一杯だった。
廊下を引きずられるように歩きながら、顔だけかろうじてうしろへ向けてみた。
アリサが見送ってくれている。
アリサ、待っていてくれ。かならずや告白し、きみの心をつかんでみせる。
差し当たってこの後は、ソフィアにたっぷり嫌味を言われそうだ。
前に向き直してソフィアのきらびやかなドレスを見つつ、いろいろ覚悟を決めた。
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