スイーツ

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スイーツ

 読みきかせが終わると、お菓子とジュースが振る舞われる。  お菓子は、司書の一人のご両親が街でスイーツのお店をやっていて、ご両親がクッキーやケーキを焼いて届けてくれるのである。  ご厚意、である。厚かましくも、毎月甘えさせてもらっている。  じつは、そのお店は街でも三本の指に入るほどの人気店で、どんなスイーツもなかなか入手が難しいとか。  当然、それまで一度も食べたことはなく、この読みきかせの会で初めていただいた。  美味しすぎた。素晴らしすぎた。しあわせを心からかみしめてしまった。  そして、後悔した。  こんな美味しいもの、自分では買えるわけがない。もう二度と食べられないのだったら、知らない方がよかった。  だけど、スイーツの素晴らしさ以上に、ご両親は素晴らしい方々である。  司書のご両親は、毎月種類をかえてスイーツを届けて下さるのである。しかも、子どもたちの分、子どもたちの保護者の分、それから図書館のスタッフの分、と大量に。  読みきかせの会そのものが楽しみでならないし、実際楽しんでいる。  スイーツも密かに楽しみにしていることは、言うまでもない。  今月のベリーのタルトも素晴らしすぎた。館長お手製のベリーのジュースにぴったりだった。  子どもたちも保護者たちも「来月も楽しみにしている」と言いながら、にぎやかに図書館から帰って行った。  さて、と。来月の読みきかせは何をテーマにしようかしら。  みんなに手を振りながら、すでに来月のことをかんがえている。  が、ふと来週のことが頭をよぎってしまった。  いっきに心がふさいでしまう。   「アリサ」  帰宅しようとしたタイミングで、館長に呼ばれた。  図書室のカウンター越しに立ち話をするのは、わたしが子どものころからの習慣の一つ。  当時、彼女は司書になりたてだった。当時から、彼女にはずいぶんとよくしてもらっている。 「王宮の舞踏会、来週よね?」 「はい」 「その日は、準備があるでしょうから公休にしておくわね」 「館長、まだ出席すると決めたわけでは……」 「アリサ、けじめはつけなきゃ」  館長はたった一言だけ言うと、メガネのよく似合う顔にやわらかい笑みを浮かべた。  彼女には、子どものころからいろいろと相談をしている。それはいまでも続いている。ガブリエルのこと、叔母や叔父のこと、ほとんどすべて包み隠さず話をしている。  彼女は、たいていはただだまって話をきいてくれる。助言を求めたときだけ、適切な回答をしてくれる。それがまた、わたしにとって適切すぎるものばかりで、子どものころからどれだけ救われたことか。  いまのように、自分から助言をしてくれるのはめったにない。  けじめ……。  その一語にハッとした。  たしかに、そうかもしれない。  好奇や憐みの目にさらされるのは一時的なもの。我慢出来ないことはない。  それよりも、ちゃんとけじめはつけるべき。  館長の一言で、決心が出来た。  舞踏会当日は、ありがたく公休にしてもらうことにした。
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