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「なんて言っていいか」
「そ、そうだったのか。それは、なんて言っていいか……」
ほら、王太子殿下は困っていらっしゃるわ。
「殿下。『なんて言っていいか』、ではございませんよ。かけるべき言葉があるじゃありませんか」
ソフィアは、困りきっている殿下を責めている。
「あ、ああ、ああ、そうだね。ア、アリサ……」
「殿下、申し訳ございません。どうでもいいことに、お気遣いいただく必要はございません」
「い、いや、アリサ、違うんだ……」
王太子殿下はほんとうにやさしい方ね。
わたしを慰めてくれようとされているのかしら?だけど、突然だもの。なんて言っていいかわからないわよね。
そのとき、すぐうしろで風を感じた。
ハッとして振り返ると、ソフィアが両腕を振り回している。
「ソフィア、どうしたの?」
彼女はよくいたずらをしたり、とんでもない行動をしたりする。
いまも、わたしのうしろで何かしようとしていたに違いないわ。
「舞踏会であなたが着用するドレス、わたしのを使えばいいと思っているのよ。だから、あなたの体のサイズを確認していただけ」
ソフィアは、そう言ってから両肩をすくめた。
「舞踏会?わたし……」
「ダメよ。行くの。来週の舞踏会は、あなたが主役なんだから。だから、ぜったいに行かなきゃダメ。あなたはそれでなくっても社交的じゃないし、他人を避けてきているのに、ご両親が亡くなってからますますひどくなっているじゃない。まぁ、あの後見人とは名ばかりの叔父と叔母のせいでもあるんでしょうけど……。とにかく、屋敷に来なさい。ドレスや靴や装飾品は、すべてわたしのを使えばいいのだから。欠席することだけはダメよ。何度も言うようだけど、来週の舞踏会はあなたが主役、なのだから」
ソフィアにまくしたてられて、返す言葉もない。
大勢の上流階級の人たちの前で恥をかけ、と言われているようなものである。
それだったら、ひっそりと屋敷にこもっているほうがいい。
婚約破棄を発表するのも、勝手にやってもらえばいい。そのあと、出席者の嘲笑と好奇の目にさらされるのなんて、わたしにはとてもではないけれど耐えられそうにない。
「口惜しいけど、あなたが主役でわたしは準主役といったところかしら?婚約を破棄される悲劇のヒロインの前では、婚約を破棄する男のあたらしい婚約者はかすんでしまうでしょうから」
彼女はそう言ってから、お話に出てくる意地悪なお嬢様みたいな笑い方をした。
「殿下もいらっしゃるのですよね?」
「えっ、どこへ?」
「どこへって決まっていますわ。来週の舞踏会です」
「あぁ舞踏会、ね。わたしもああいう場は苦手で……」
「殿下っ!」
ソフィアは、王太子殿下の言葉を鋭くさえぎった。
「来週の舞踏会は王家主催ではございませんか。それこそ、王国中の貴族が集まるのです。国王陛下も出席なさいます。それを王太子殿下であるあなたが『舞踏会は苦手で』という理由で出席なさらないなんてありえません。出席なさってください。そして、劇をご覧になるのです。婚約破棄とあたらしい婚約の物語りをね」
ソフィアは強引に誘っているけれど、王家主催でもかならずしも王太子殿下が出席しなければならないというわけではない。
まぁ、ご令嬢たちはがっかりするでしょうけど。
正直なところ、わたしも王太子殿下には出席してもらいたくはない。
それ以降、やさしい王太子殿下は、図書館でわたしに何をどう声をかければいいのかわからなくなるはずだから。
先程と同じように。
「というわけで、アリサ。近いうちに、かならずわたしの屋敷に来るのよ。それでは殿下、参りましょう。せっかくなのです。午後のサロンでの集いに参加なさってください」
ソフィア……。
強引すぎて唖然としてしまう。
彼女は、かたまってしまっている王太子殿下の腕をむんずとつかんだ。それから、強引に自分の腕を王太子殿下の腕に絡めた。
彼女は、王太子殿下をひきずるようにして歩きはじめた。
「ア、アリサ!また寄らせてもらうから」
「は、はい、王太子殿下。お待ちしております」
執務室を走り出て、廊下を去ってゆく二人の背を見送るしかなかった。
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