あのバカ

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あのバカ

「王家への侮辱であること。それは、イコール死をもって償わねばならないということ。これらを、あのバカに何度も伝えました。ですが、彼はラムサ家が公爵家筆頭であることをいいことに、きく耳を持ちません。お気の毒に。公爵家ご夫妻にも秘密にしているのです。ですので、わたしの父から知らせてもらいました」 「では、当然ラムサ公爵が当人に話を……」  子の暴挙を止めるのは、親として当然のことである。  ソフィアは、非の打ちどころのない美しい顔に悲し気な表情を浮かべた。 「ラムサ公爵は、秘密裏に子息との絶縁を進めていらっしゃいます。公爵家の次男は、優秀な子です。現在は軍の学校に通っていますが、入学が決まったときに公爵家嗣子とすることを決定しています」 「つまり、きみの表現するところの『あのバカ』は見捨てられたわけだな」 「おっしゃる通りです。わたしも出来るだけのことをしました。わたし的には、あんなバカは毒杯でも絞首刑でも賜ればいいと思っています。あのバカがアリサにしてきたことを思えば、当然の罰です。ですが、やさしいアリサは、きっと心を痛めるでしょう。それを思い、あのバカを説得したのです。婚約破棄はいいけれど、ちゃんと手順を踏むようにと。ですが、あのバカはサプライズだと言って……」  そして、ソフィアは大きな溜息をついた。  わたしも同様である。  昔、わたしがソフィアに相談をしたときから、彼女はわたしの味方になってくれている。定期的に様子を知らせてくれ、アドバイスをしてくれた。それだけでなく、いろいろと骨をおってくれている。  ラムサ公爵子息の、婚約者アリサにたいする仕打ち。それから、彼の他の貴族令嬢との情事のこともすべて耳に入っている。  それらを考慮すれば、わたしも彼を罰することに異論はない。それがたとえ、命を絶つという究極の罰であっても。  だが、きっとアリサは心を痛めてしまう。  だれにたいしてもやさしく思いやりのある彼女は、気に病んでしまうに違いない。  それがわかっているからこそ、せめてラムサ公爵子息の命だけは助けたい、と思ったのだ。  だが、ソフィアがそれだけのことをしてダメだった。  王太子であってもどうにも出来ない。  いや。王太子であるからこそ、そういう暴挙にたいしては処断せざるを得ない。  気が重い。  しかし、その彼の愚かな行動でわたしに幸運が舞い込んだ。  それを認めざるを得ない。  わたしもまた、彼と似たり寄ったりなのかもしれない。 「殿下……。殿下もおやさしいのですね」 「まさか。このチャンスに、心の中では小躍りしているよ」 「嘘をおっしゃってもすぐにわかります。あんなバカでも、死ぬことになったらアリサが悲しみます。不可抗力とはいえ、彼女も関係があるのですから。アリサを悲しませたくない。殿下のいまのお気持ちは、これで堂々と婚約を申し出ることが出来るということより、アリサが悲しむということでいっぱいのはずです」 「まいったな。ソフィア、きみのことは到底ごまかせないね」  そう。子どものころ、図書館でアリサをはじめて見た瞬間に恋に落ちた。以降、ソフィアはずっとわたしの味方でいてくれている。だから、彼女はわたし以上にわたしのことをわかっている。 「そういうきみこそやさしいし、思いやりがあるじゃないか。十年以上もこんなわたしの相談にのってくれて、味方でいてくれているんだ」 「あら、殿下。殿下がアリサにフラれたら、すぐにわたしがアタックするつもりなんですのよ。そのチャンスの為に、ずっと殿下とアリサの味方でいるのです」  彼女はおどけたように言うと、さわやかな笑みを浮かべた。 「それで、きみは公爵子息の婚約を受け入れたのかい?」 「もちろんですとも。両親もノリノリです。なにせ両親は、昔の事故の経緯を知っています。それに、両親は実の娘のわたし以上にアリサのことを気に入っています。舞踏会でガブリエルをとっちめるために、準備をすすめているところです。それと、殿下。彼女の後見人についても……」  アリサの周囲の環境は、ますます悪くなっている。クースコスキ伯爵夫妻が事故で亡くなって以降、日増しに悪くなっている。  わたし自身が外交官として得た給金を、ソフィアを通じて援助している。ティーカネン侯爵家も同様である。侯爵家は、伯爵家の使用人のつぎの勤め先を斡旋したり、侯爵家で再雇用している。  ついに執事まで辞めるという。だから、ティーカネン家で再雇用するよう密かに誘っているらしい。  アリサに気を遣わせぬよう、そこはうまくやっているのだとか。
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