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土曜の朝、雲ひとつない青空が初夏の濃い緑とコントラストを激しくし、絶好のお出かけ日和を迎えたかと思いきや、夜勤明けの重い足を引きずる松原忌一は、太陽の眩しさに眠気眼を刺激されつつ、築二十年の我が家へとゆっくり帰宅した。
「ただいま~」
引き戸の玄関を開けた瞬間、奥から二日目のカレーの匂いが漂う。急に湧き上がる食欲にそそられ台所へと向かうと、食卓にはTVを見ながらカレーを口に運ぶ養父がいた。
「忌一、お帰り」
「美味しそうだね。残りある?」
「あぁ、まだ沢山あるよ」
食器棚から楕円形の器を取り出し、炊飯器のご飯をよそう。昨日の夕飯は勤務先でコンビニ弁当を食べたので、このカレーは昨夜、帰宅後に父がわざわざ作ったものだろう。父との二人暮らしは三年目だが、父の自炊は珍しかった。
よそったご飯の上へ慎重にカレーをかけていると、父が突然「警備のバイトはどうだ?」と訊いてきた。相変わらず目線はTVから外さずに。
「順調だよ」
「そうか」
特に興味は無さそうで、それ以上を訊いてくる気配はなかった。斜め向かい側の席へ座り、「頂きます」と言って口いっぱいにカレーを頬張る。
これまで父とはあまり会話をしてこなかった。二十八歳にもなってまだ定職に就けていないのも大きな理由だが、五年前に養母を亡くしてからは余計にだ。心配させたくないのと情けないのと申し訳ないのとで、今更父に何を話せばいいのかわからず現在に至る。
最近就いた夜間警備のバイトが順調なのは本当だ。現在は隣街にある小さな展示場の警備をしているが、噂だけがひとり歩きしただけで、実際のところは何の問題もない普通の仕事だ。
何故噂がひとり歩きして誰もそこの警備をしたがらなくなったのか、何故何の問題もないとわかったのかについては、詳しく訊かれると困るのだが。
「忌一」
「ん?」
「何で急にバイトなんか……」
その時、ピンポーンという来客を告げる呼び鈴が鳴った。この家にはインターホンなどないので、応対しようと席を立とうとしたら、父がそれを手の平で制した。夜勤明けの自分を気遣い、代わりに対応してくれるのだろう。言葉は少ないが、父の愛は常に感じている。
遠慮なくカレーを頬張っていると、すぐに父が戻って来て、
「忌一に会いたいという客が来てるぞ。あの顔、どっかで見た気もするんだが……」
と頭をひねっていた。
(俺に客?)
体質のせいもあり友人関係はほぼ壊滅的だったので、不思議に思いながらも玄関へ向かうと、客が見えた瞬間、忌一は盛大にずっこけた。
何故ならそこに居たのは、白い着物に白い袴を着たガタイの大きい大男で、顔は白い布で覆われていたからだ。その布には、赤い線で五芒星のマークが描かれていた。
彼は、師匠である陰陽師、幸徳明水の式神である。
「ちょ!! ちょっと外出てくる!」
台所にいるはずの父へ声をかけると、彼の袖を引っ張りそそくさと家を出るのだった。
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