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「それで、相談とは何じゃ?」
桜爺はコーヒーと一緒にやってきたミルクの蓋を少し開け、中の液体を手で掬って味見をしつつ話を続ける。すると牛山は居住まいを正し、
「子島殿の代わりを上手いこと勤められず、悩んでおるのです」
と、悔しそうに言った。
「別にわしにならんでも……」
「だが求められるのです」
話によれば桜爺が子島だった頃、明水の筆頭式神として異形についての深い知識から対処法を提案したり、他十一体の式神を上手くまとめ上げたりしていたようだ。
他式神からの信頼も厚く、どんなピンチの状況でも主の精神を和ませるユーモアを持ち、明水の大好きなコーヒーも淹れられるし、適度な力加減でマッサージも出来るという、実に優秀な式神なのだと。
(後半は式神がやる必要あるのか?)
「それくらい牛山でも出来るじゃろう?」
「否。自分には口数が足りず、よく誤解を生む。主からの大喜利にも、上手く答えられぬ」
(そんなムチャ振りするのか……あの先生)
二年の修行の間、同じ屋根の下で暮らしていたものの、明水とまともに顔を合わせて会話したのは別れの時くらいで、師匠と言えど忌一は彼のことを殆ど知らない。
修行と言えど何かを教えて貰った覚えは全くなく、ただただこの子島と呼ばれていた桜爺と共に生活をしていただけだ。つまり明水は、修行と言いつつ全てを自分の式神に丸投げしていた。だから未だに忌一は、陰陽師の術を何一つ使えない。
牛山は、明水の大事なコーヒーメーカーを壊したり、マッサージを命令されてあやうく明水の肩を外しそうになったことも話した。
「いやいや、式神だからってそこまでしなくても……」
「命令されれば、どんな事も厭わぬ」
「それが式神じゃからのう」
「そんなもん?」と言いながらとりあえずコーヒーをすする。どう聞いても、明水の方に問題があるようにしか聞こえないのだが。
「でもじーさんて、優秀な式神だったんだね」
「いやいや……」
まんざらでも無さそうに桜爺が頭を掻いていると、急に牛山が目の前のテーブルへ両手をつき、深々と頭を下げる。
「そこで子島殿に式神の極意を教わりたい。ひいては忌一殿のお宅にて、暫く置いて頂きたく」
暫くの沈黙の後、忌一は「嘘でしょう!?」という驚嘆を抑えきれなかった。そして「他のお客様のご迷惑になるので……」という理由で、店を追い出されるのであった。
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