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家へと戻る道すがら、牛山に聞こえないよう小さな声で忌一は「式神の極意とやらをさっさと教えてあげてよ」と胸ポケットに向かって言った。すると、
「そんなもん、知らんわい」
という返事が。腹をくくるしかない。
牛山には再び五芒星の布で顔を覆って貰い、松原家へ戻ると父に「職場の同僚の牛山さんです」と紹介した。忌一には真の姿が見えてしまうのでわからないが、布を付けた牛山は本来、普通の人間には三十代くらいのゴツい成人男性に見えるらしい。勝手にフランケンシュタインのような外見を想像する。
一応設定としては、牛山の住んでいた一人暮らしの部屋の水道管が破裂し、やむなく部屋を出ることになったので、新しい部屋が見つかるまでの間だけ松原家で厄介になる、ということにした。
すると父は快諾してくれた。もともとこの家は三人家族で住んでいたので、部屋が余っていたのも理由だろう。
正直言えば、父に見えない状態で暮らして貰った方がいろいろと手間は省けるのだが、その分いろいろと気を遣わなくてはならないし、もしうっかり彼と話しているところを見られ余計な心配をかけてしまう可能性を考えると、そちらの方が避けたかった。
最初はどうなることかと思ったが、牛山の非常に生真面目な性格から、昼間は「居候代」と称していろいろな家事を手伝ってくれた。特に手が回らなかった部屋の掃除や、布団干しは非常に有難く、休日にまとめてやろうとしていた父のハートをガッチリ掴み、日を追うごとに父と牛山の心の距離は縮まっていった。
一応同僚という設定なので、夕方になれば牛山と一緒に出勤をする。一歩外を出ると牛山には五芒星の布を外して貰った。最寄り駅から隣街まで電車での通勤なので、車内では他の乗客がいる限りあまり話せないが、下車すれば歩きながらいろいろな話をした。
「お父上に忌一殿の仕事ぶりを訊かれた」
「え!? 何話したの!?」
「大丈夫じゃ、忌一。わしが答え方を伝授したからのぅ」
肩の上の桜爺が、自慢げに親指を立てて見せる。忌一が寝ている昼間、桜爺はずっと牛山の肩の上にいるらしい。
「お父上は喜んでおられた」
「え?」
「忌一があまり自分から話さぬから、寂しかったんじゃろうて。牛山から聞く忌一の様子に満足気じゃったぞ」
「そ、そう……」
ホッとしたのと気恥ずかしいので、忌一の目は泳いでしまう。
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