レンタル遊戯

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「……なんじゃこりゃ」 一瞬、トリックアートのカーペットでも敷いているのかと思った。でも、違う。数歩近寄ったところで、ひゅう、と穴の奥から吹き上げてくる冷たい風に前髪を揺らされた。 穴はごつごつとして天然の洞窟みたいだった。縁に、プールで使われるような金属製の梯子がかかっている。 穴の周囲、つまり、部屋の中には穴以外何もなかった。 明らかに常軌を逸した光景に、次に取るべき行動を見失っていると、夏目が淡々と呟いた。 「どうやら閉じ込められたようだね」 俺は夏目の視線の先を見やって、あんぐりと口があいた。 短い廊下の奥、さっきまであった玄関扉が消えていた。 「なあぁあッ??!?」 「古岡くんはこの穴の奥にいるかもしれない」 「お前はもっと慌てろよ! 訳わかんねーだろうが!」 「この穴、ぼくの貸した遊戯盤の盤面にそっくりなんだ。違うのは縁をぐるっと囲う升目(ますめ)がないことくらいだよ」 夏目が涼しい顔で俺の横を通り過ぎた。玄関から靴を取って戻ってきたかと思うと、梯子を降りていく。 「待て、待て待て待て!」 「早くしなよ、伊吹くん。古岡くんを探しに行かなきゃ」 「え、今、おかしいの俺? 俺なの?」 古今東西、ゲームの中に入って出られなくなった系のエンタメは存在する。でも、それらは全て架空だ、作りごとだ、まやかしだ。 とはいえ、どんなに目を凝らしても、目の前の穴は依然としてそこにあった。試しに、と穴の縁をおそるおそる触ってみる。細かな砂の感触やでこぼこした感じはどこまでもリアルだった。 「──夢でも見てんのかな」 ベタに頬をつねったり叩いたりしてみても状況は変わらない。穴の中からは、夏目の声が響いてくる。 「伊吹くん、まだかい? ルーレットを見つけたよ。中に落ちていた。あと、傍に落ちていたこの帽子は古岡くんのものだろうか? 何となく見覚えはあるんだけれど、自信がない。どう思う?」 「うるせー夏目! ちょっと待ってろ!」 こういうのは勢いが大事だ、と俺は扉の消えた玄関に向かってダッシュした。靴を引っ掴んで部屋に駆け戻る。 どうにか降りた穴の底はほんのりと明るかった。周囲を確認する。横方向に伸びる一本道の他には何もない。 キャップを見せてきた夏目にぼやく。 「お前は本当にどうかしてるよ。状況を受け入れるのが早すぎる」
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