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怖い。めちゃくちゃ怖い。だがしかし、一方で恐怖が端から癒されていくようなこの感触は──
「猫ぉおぉお!?」
自分の頭部を見ることはできない。でも、頭頂部から首のあたりにかけての感触に、予測がついた。触りたくなかったが、確認せずにはいられない。そうっと手をやる。このふかっとした毛並み、重さ、温もり。猫だ。猫で間違いない。何なら実家の猫にそっくりだ。
夏目が興奮気味に喋った。
「素晴らしい! 伊吹くん、これは素晴らしいことだよ! 初心者特典の中で最も良いのを引き当てた!」
「テンション上がるところおかしいだろ!」
「ぼくも回そう。これは勝ったも同然だ」
「人の話聞いてんのか」
文句を言いつつ夏目にルーレットを渡す。夏目がつまみを回す。矢印が数字を示す。ぼんやりと文字が浮かび上がる。
『──怨霊に襲われる』
背筋がぞっとした。夏目を見やる。真顔で固まっていた。いや、普段からあんまり表情のないやつではあるが。
俺の視線に気づいた夏目が、ぎこちなく笑って言い切った。
「大丈夫、猫がいるから」
「何が、どう、大丈夫!?」
ぽた、と視界の隅に何かが落ちてきた。ぽた、ぽた、と続けざまに落ちてくる。
うち一つが夏目の腕に乗った。
「──痛ッ!」
「大丈夫か!?」
夏目が大きく腕を振って払いのける。地面に落ちたそれを見ても、正体はよくわからなかった。
俺は覚悟を決めて上を見た。
丸く切り取られた穴の上は古岡の部屋の天井だ。その天井に、濃い沁みのようなものが滲み出ている。点が三つ集まれば人の顔に見えるとはよくいったもので、本当に人の顔のように見えた。
いや、人の、顔だ。
巨人の鼻水みたいにねばっこく天井から垂れてきた何かの先に、人の、顔が。
金縛りか。
体が、動かない。
『にやああん!』
俺の頭上から怪光線が放たれた!
ぴかっと光った一筋のひかりが、それを真っ二つにする。黒い靄がひろがって、粘っこい何かは雲散霧消した。
耳が痛いような静寂を破ったのは、猫でも、俺の悲鳴でもなく、夏目のうきうきした声だった。
「やった! やったよ伊吹くん!」
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