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太くて低い咆哮が聞こえた。びりびりと場を揺るがすような声は、笑っていた。
『この場に辿り着きし者どもよ、今日のわたしは非常に機嫌がいい──故に、二人のうちどちらかが身代わりになるというなら、檻の男は解放してやろう』
誰も、何も、喋らなかった。古岡が解放される代わりに、俺、もしくは夏目が、閉じ込められなければならない。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
沈黙を破ったのは夏目だった。
「古岡くん。本当に何も心当たりはないの?」
鬼かお前は。
俺の心の内を読み取ったように、夏目が笑った。糸目の笑顔には妙な陰影があって、怖かった。
さっき見た笑顔とのギャップに心底震えていると、古岡が肩を震わせた。
「ごめん、俺、ボドゲ転売するつもりだった」
「え?」
「金が欲しくて……高くで買ってくれる人に伝手ができたからさ。傷とか汚れとか確認するつもりで触ったら、ルーレットが壊れたんだ。いきなり盤面から剥がれたっていうか。で、気づいたらここにいた。ごめん。ほんと、ごめん。俺、まじもんのクズだ」
ひやりとした空気が流れた。
夏目が笑っていた。
ぞっとする様な、美しく、薄ら寒い笑み。
古岡が言葉を失った。ぱくぱくと口を開閉させたあと黙り込んでしまう。
いけない、と思った。
夏目は、怒りのままに何かをする気だ。よくない何か。夏目を夏目でなくしてしまうような、何か。
「夏目。だめだ、思いとどまれ」
「なぜ?」
「古岡がクズなのは間違いない。しょうもないクズのせいで、お前に、そんなことさせたくない」
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