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単なる思いつきで、大学生の借りていたアパートに引っ越しをした。荷物はほとんど手持ちのバッグに詰め込んで男の部屋に転がり込む。
「俺は三浦[みうら]。お姉さんは?」
「秘密だよ。私の関係は仮初め、レンタルなんだ。好きに呼んでくれてかまわないさ」
タバコを吸ってもいいかいと三浦に尋ねると、ベランダならと許可をくれた。
三浦は苦学生というわけじゃないけれど、それでもバイトをして部屋をあけることが多かった。勉強にバイト、それと友達と遊ぶことを楽しむ。
三浦は変な奴だった。例えば自分に不運なことがあっても、それは自分の日頃の行いが悪いからこうなっただから良いことをしようと笑う。
律儀に三食、準備していただきますと笑う。テレビでお笑い芸能人がつまらないコントをしていても笑う。とにかく毎日が楽しそうな男だった。
それでも三浦は、私を抱こうとはしなかった。風呂から下着姿で歩いても、洗濯物を放置しても、もちろん
三浦も男なので成人雑誌をベッドの奥に隠してはいたけれど、私を抱こうとはしなかった。
身体が疼く、三浦の家に来てから一度もセックスしていない。家主に悪いと思って避けていたけれど、やっぱり限界だった。
近くのホテルで男に抱かれた。お金を貰って帰ってくる。そういえば夜に出掛けたのも久しぶりだった。三浦が泣きそうな顔でおかえりと言う。
私の雰囲気から何かを察したのだろう。そこにあるのは嫌悪だろうか? レンタル彼女、仮初めの関係なのに他の男に抱かれる私に怒ったりするだろうか?
「お姉さん。お姉さんはどうして、そういうことをするの?」
「金のためだよ」
「俺がいるだろ」
「お前は私を抱かないじゃないか。三食用意して飯炊きしても、私はあんたの彼女じゃない。何度も言ってるだろ? 私達の関係は仮初めなんだって、レンタル。わかるだろ?」
嫌ってくれ、怒ってくれ、そうして私を犯せばいい。欲望のままに私を道具として扱えばいい。
「他の男に抱かれたくないのなら、私を抱けばいい。セックスなんて遊びみたいなものさ。罪悪感なんて感じる必要なんてないよ」
「違うだろ。なんかさ、なんかさ、俺はバカだから上手く言えないけど、お姉さんはさ、いつも泣きそうな顔をしてるんだよ!!」
「そうかい。そう思うのならその通りだろうさ。私は売女だよ。そういう風にしか生きられない。男を抱かなければ生きていけない女なんだ」
死ぬまで、そうやって生きていく。三浦だって男だ。性欲もあるだろう。こんなバカな提案を持ちかけてくるほど追い詰められていることもわかっている。
「それとも女にリードされたいのかい? そういうのなら」
「違うって!! そういうのじゃなくて!! 俺はお姉さんが好きなんだよ!! 彼女になってほしいって本気で思ってる!!」
「私は汚れてる。本気で人を愛せるわけない」
「そんなのわからないだろ。やってみなければ」
「わからないなんて曖昧な言葉は嫌いだよ。三浦、あんたが私を好きになろうが、愛そうが勝手だ。そういう関係なんだから恋愛感情が芽生えても不思議じゃない」
でもね、でもね、三浦。
「あんたの言っていることは子供の屁理屈と一緒さ。わからないから適当な言葉を並べてごまかしてる。私のことを好きだと言うのなら、ちゃんと覚悟を決めなくちゃいけないよ」
「覚悟? 覚悟ってなんだよ」
「もしあんたと私の子供ができたらどうする? あんたは私と子供を養えるかい? 無理だろ? バイトを掛け持ちしてやっと今の暮らしをしてるんだ。なんの覚悟もない言葉なんて無意味なのさ」
だから、だから、愛してるなんて軽々しく言うな。そんな言葉など聞きたくない。
「三浦、私はあんたのことを嫌いじゃないよ。そういう真面目で優しいところを好きになる女はきっといる。だから、もう、私のことは忘れておくれ」
この生活も終わりにしよう。一ヶ月、長続きしたほうだ。仮初め、レンタル、嘘の関係、壊れてしまえばあっという間だった。
「三浦?」
「嫌だ。そんなの嫌だ」
「子供みたいに泣くんじゃないよ」
「嫌なんだ。人を好きになった。初めてだった。お姉さんのことがずっと、ずっと好きだった。ずっと見ていたい。そう願ったのに」
三浦が服の袖をまくりあげた。そこには無数の火傷と切傷、殴れた後がくっきりと刻み込まれていた。
「俺は醜い!! 人を愛しても本音を言えない。こんな醜い身体じゃ、人に愛してもらえない!! ずっとずっと苦しいんだ。誰もが幸せそうなのに、自分だけが異物なんだ。もう嫌だ。もう嫌だ。もう嫌だ。許して、お母さん、お母さん、お母さん、ゆるして、許してよぉ」
三浦がその場に泣き崩れた。
「いい子にするから、いい子にするから、ちゃんと勉強して、いい大人になるから許して、打たないで、斬らないで、痛い、痛い、痛い!! お母さん。お母さん。許してよぉ、お母さん!!」
三浦が私を見ていた。泣きじゃくった子供のように許してと願う。
「三浦。もうやめな。ね? わかったから、わかったよ。一緒にいてやるからもう泣くんじゃないよ」
優しく三浦の頭を撫でていた。
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