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毛闘本番
緊急事態だ。僕は今、大浴場のトイレにいる。
一体何が緊急事態なのか。
それはひとえに、
リアル偽毛ストックケースのフタが開いていた
ということだ。
リュックの中で大量の偽毛が散乱してまった。それら全てを回収する時間もなく、現在ケース内には、3本の偽毛が残っている。
足りない。全く足りない。
落ち着け。考えろ。トイレ。陰毛。宿泊所。
「あっ...!」
便所の床を這いつくばる。
あった。やはりあった。
陰毛だ。正真正銘の陰毛。本物だ。
掃除の行き届いていない大浴場のトイレに、陰毛が落ちていないはずがない。まさか現地調達することになるとは。何はともあれ、偽毛問題は解決した。こうなれば計画通り、毛獣を完成させていく。タオルを被せる。よし。
いざ、決戦へーー
*
「キョウ、遅かったな。もう予選は終わってるぜ?」
「カツヤのやつが先にあいつらと闘っちゃってさ、もう残ってるのは俺たちだけだ」
僕らを除く8人の男子たちが目に涙を浮かべながら、浴槽に浸かっている。
「そうか。なんだかあっという間だな」
円を描くように、僕ら7人は並んでいる。
白タオルの向こうには、
今日までの僕らの男の全てが隠れている。
毛が湯気でふわりと逆立つ。
僕はこの毛闘で決めていたことがある。
「俺からいかせてくれ」
僕の一発K.O。これで毛闘を終わらせる。
「キョウ...」
6人が声を合わせて僕を見る。
この2ヶ月間を思い出す。プロテインバーの味。アイブロウペンシルの練習。リアル偽毛の整理。日々の自毛計測。自毛に気を遣った日々の生活。それらを全てぶつける。
「いくぞ」
白タオルを落とす。
"チャポン"
水滴の音が響く。
「完敗だ...」
悟った顔の6人が白タオルを落とす。
6人の自毛、そして僕の自毛を見比べる。
差は歴然だった。
彼らの灰色の集合体に対して、
圧倒的な黒の集合体。
「キョウ、おめでとう」
6人が手を叩く。拍手だ。
浴槽の連中からも拍手が送られてくる。
「やった。勝った。勝ったんだ。僕が、この僕が、この僕が、勝ったんだ!」
"ガラガラガラ"
「お〜!まだいたまだいた」
ササ坊...?なんでここに...
「なんだあれは!?」
ササ坊の股間に、
とんでもない密度の黒の集合体が見える。
ありえない。あんなものが存在しうるはずがない。待て、今僕は勝ったんだ...やめてくれ...
「キョウ。君が1組の王者みたいだね。僕は2組の代表として、ここに来た。どうかな?もう、負けを認めてもらってもいいかい?」
「違うなササ坊。お前の負けだ」
「は?」
桶のお湯をササ坊の集合体に放つ。
「キョウ...お前なぜ...!!」
ササ坊の黒の集合体がみるみる溶けていく。
「やはりあの席はササ坊、お前だったんだな」
夕食の席でみたあのサインペン。あそこはやっぱりササ坊の席だった。ササ坊がサインペンを使うなんて、初めは信じられなかった。
しかし、あのサインペンに書いてある表記を見て僕は確信した。
"水性"そう書いてあったのだ。
マイペースのササ坊のことだ、前もって準備はしないだろう。今日たまたまサインペンを見つけ、実行することにした。本番当日にあんなものを見つけたら、食いついてしまうのは男ならしょうがない。だからこそ"水性"の落とし穴に気づくことができなかったのだ。
「毛闘の王者は、この俺だ!」
僕の上に大量の白タオルが降り注ぐ。
そして、大量の陰毛が舞っている。
僕もリアル偽毛をむしりとり、空に舞わせる。
ありがとう。そしておめでとう。
*
一年後。転校生がやってきた。
フィリピンとのハーフの男だ。
ある日、ふとトイレで話かけられた。
「キミ、モウトウのチャンピオンなんだね」
「まあね」
「ちょっと僕の見てよ、ほら」
転校生が股間を見せつけてくる。
なんだ。少ないじゃないか。
毛闘の王者は引き続き僕のようだ。
「ケじゃなくて、もっとシタだよ、シタ」
「下?」
そうか。
まだこれは始まりに過ぎなかったんだ。
「皮闘...か」
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