主人公に向いてない

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ふいに、目の前に人の手が現れた。五限目に行われる授業の予習に差し掛かった時のことだった。 手が左右にゆらゆらと揺れる。小さくて血色の良い手の指の爪は、この間眺めた図鑑に載っていた珊瑚礁みたいな色をしている。 イヤホンを外し、顔をあげる。 「おはよう。」 目の前で笑っているのは、入学初日から仲良くしてくれている、鈴下夏鈴だった。顔と鼻と口と耳が小さく、目は大きく、身長が高めの人間だ。 そして、とても穏やかに微笑む。 「おはよう。」 私は、その微笑みに応えるよう、同じように微笑む。 「今日も予習してるの?」 「うん、もう終わるけどね。」 「いつも偉いね。」 「そうかな。」 微笑みを浮かべ続けながら、なんとなく視線を感じて、その方向に目線を向ける。 すると、昨日メッセージを送ってきたクラスメイトー野木長直男ーが、私達の方に目を向けていた。 目線が合うと、一呼吸置き、此方に近付いてくる。 「おはよう。」 友人が近付いてきたら、挨拶をする。 私は、変わらず微笑みを浮かべながら、そう挨拶を口にする。 「…おはよう。」 「…おはよう。」 夏鈴とのっきーー野木長直男がこう呼ぶように言っていたーは、一呼吸置くように瞬きをしてから、そう挨拶を交わしている。 「予習?」 「うん。」 「凄い。真面目。」 「そうかな。」 なんだが覚えのある会話をしながら、私は昨日ののっきーからのメッセージを思い出す。 身体は男性だけど、心は女性。 それを踏まえて仲良くしてほしい。 一体、何をしたら良いのだろう。 昨日の返信で尋ねたけれど、応答はなかった。 今尋ねても良いのだろうか。だけど、わざわざメッセージアプリで送ってきたということは、きっと、公の場では口にしない方が良いのだろう。 そう判断し、私達は他愛もない話を続ける。 それは予鈴が鳴るまで続いた。
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