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「ぶっちゃけ、結構キツくない?」
期末試験前のテスト期間だった。
この期間は部活動が休みになる。私自身は何も部活動には所属しておらず、普段と何ら変わりがない。お金はあるに越したことはないので、アルバイトを始めようとはなんとなく思っているけれど、まだ実現はしていない。いつも通り、さっさと家に帰ろうと思っていたけれど、今日は勉強会をしようと誘われ、とあるファミリーレストランに来ていた。週ニで活動している手芸部に所属している夏鈴と、テスト期間以外は毎日活動している吹奏楽部に所属している難葉瞠留(なんばみはる)と山原玲沙が一緒だ。夏鈴は兎も角、吹奏楽部の二人は忙しくしており、こうやって集まるのは昼休みのお弁当以外にはほぼ始めてのことだった。
「身体と心の性別が違う?ってのは別にいいんだけどさ。毎日連絡来るのはちょっとね。」
瞠留は持っていたシャープペンシルを脇に置きながら、そう話す。勉強は一時中断するらしい。それを合図に他の二人もペンを置いたり、手元のジュースを手に取ったりしたため、私も同じようにする。
私達四人は昼休みに集まってお弁当を食べるという以外にも、共通点があった。それは、皆、のっきーの事情を知っているということ。同時期にではないけれど、現在の段階で全員メッセージアプリを通しての告白を受けている。
「連絡もさ、結構テンション下がることじゃん?そんなこと言われてもって。」
続けられた瞠留の言葉に、私を含めた三人はそれぞれに同意を示す。友人の言葉に否定から入るのは良くない。それに、瞠留の言葉には私にも頷ける点があった。
「確かに。『つらい』とか『苦しい』ばっかり言われても、どうしたら良いかわからないよね。」
夏鈴の言葉に、また皆同意を示す。
身体と心の性別が違うのっきーは、『世界が息苦しい』という。そんなのっきーの日常はなかなかに苦しいらしい。
例えば『私は女の子だから、本当はずっと女の子と過ごしたいけど、できない。周りから変な目で見られる』とか。
言われてみれば、のっきーは私達と過ごすこともあるけど、他の友人達と過ごすことの方が多い。そして、他の友人達は男性だった。のっきーが言うには『漫画・遊技研究部の人達で、良い人達だけど、話はあんまり合わない』らしい。
とはいえ、意識している性別が合わないから合わないのか、趣味が合わないから合わないのか、その点は私にはよくわからない。
「ね、返信も困るよね。」
「本当に。」
「わかる。少し明るく返信しても、さらに暗い内容が返ってくる。」
それぞれが口にする内容に、相変わらず同意をする。それは私にも十分に頷けることだった。
さっきの例をとっても、私は素直に疑問を尋ねたのだ。
ーそれは趣味が違うから?性別が違うから?だったら、女の子であっても漫画の話をされたら苦しいの?ー
返信はわりとすぐに来た。
ーそういうことじゃなくて。女の子は普通女の子といるよね。だから、そうできない私はつらい。ー
この段階で、私の頭にはクエスチョンマークが大量に飛び交うことになる。
女の子は『普通』女の子同士で居る。
そうなのか。確かに私と仲良くしてくれる人達の性別は女性が多かった気がする。それが『普通』なのか。でも、本当にそうなのか。男性も女性も混合で休み時間とか、話している人達も居たような。
そんな内容を返信すると、また返信が来た。
ーそれはさ、リア充のグループだよね。私達とは住む世界が違う。ー
さらにわからなくなった。
リア充とは?
ネットで調べると、リアル(現実)の生活が充実している人(Weblio 実用日本語表現辞典から)を指す言葉らしい。
ということは、のっきーはリアルが充実していないのか。それに、『私達』といってるから、のっきーの友人達もリアルが充実していないらしい。
ということは、私もリアルが充実していないのか。考えたことはなかった。意識したことがない。けれど、第三者から見るとそうなのかもしれない。
でも、住む世界は同じではないのか?教室一緒だし。それとも、また『そういうことじゃない』のか。
何だが、のっきーの言うことは一々難しい。
返信を考えていると、またのっきーから別のメッセージが来て、この話はここで終わった。
「ほんとしんどい。」
「ね。返信する前に追加で来ることもあるし。」
「ほんとにね。最近は結構放置しちゃってるかも。」
瞠留の言葉に、私は飲んでいたメロンソーダを詰まらせそうになった。
友人からのメッセージを、放置する。
それはやって良いことなのか。
私が読んできた本では、そうではなかった。やるべきではないことだった。
「そうだね。申し訳ないけど、こっちもずっとメッセージしてるわけにもいかないし。」
「うん。何か質問されているわけでもないし。」
玲沙も夏鈴も、瞠留に同調している。
そうか。
メッセージは質問されているわけではなかったら、途中で切っても良いのか。確かに、最近はのっきーとのメッセージに時間を取られすぎて、本を読む時間が少なくなってしまっており、少し困っていたのだ。
でも、のっきーは返信を欲しがっている気がする。それでも返信はしなくて良いのだろうか。
読んできた本の中でも、返信をしない場面はあった。しかし、それはするべきではないこと、というように書かれていた。
友人からのメッセージは、無視すべきではない。
「ねー、そんなことよりさぁ、もっと明るい話しようよ。」
それからもしばらくのっきーの話が続いた後、玲沙が唐突にそう言い出した。小さいぷるぷるした唇を少しばかり尖らせている。
「明るい話?」
「そう。もっと青春っぽい話。私達女子高生だよ。」
「青春っぽいって?」
「たとえば、誰が好きとか、カッコイイとかさ。」
玲沙がノリノリで言う言葉に、私は素直に頷けない。夏鈴も少し困ったように微笑んでいる。瞠留は、はぁ、とわざとらしくため息を吐いた。
「そんな話ないよ。好きな人とかいないし。」
「そうなの?」
「そうだよ。まだ入学してそんな経ってないし。二人は?」
「私もそうかな。」
「私も。」
瞠留の問いかけに、夏鈴とともに頷く。
そもそも、話す人以外のクラスメイトの名前も、全員は覚えていないかもしれない。
「えー、つまんない。」
「だったら、玲沙は何かあんの?」
「うーん。好き、まではなんないけど、仮合くんとかイケメンだよね。」
早速知らない名前が出てきてしまった。
私は、さっきから続けている微笑を維持し続ける。
「あー、まぁ確かに。」
「顔整ってるよね。」
瞠留と夏鈴の反応から、『カゴウくん』とやらは大多数の人に支持される『イケメン』である可能性が高くなってきた。頭にインプットする。今度確認しよう。
「まぁ、でも好きとかはないかな。チャラそうだし。」
「あーまぁ、そうなのかな。目立つ人だし。」
「女子ともよく話してるしね。」
三人の話から『カゴウくん』の情報を付け加える。目立つ、女子と話す、チャラそう。
「まぁ、仮合くんは置いといて、後は、作東くんとか、早芽くんとか」
その後も続く『イケメン』と呼ばれる人達の名前を、私は可能な限り頭に入れていく。
いい感じの微笑みを浮かべて凌いではいるけど、わからない人の話は本当に同調できず、大変だ。中学生の頃仲良くしてくれた友人とは、本の話ばかりしていて、クラスメイトの話等することがなかった。故に、関わらないクラスメイトの名前を覚える必要性を感じたことがなかった。
しかし、今後は真面目にクラスメイトの名前を覚える必要があるかもしれない。頑張ろう。
私はこっそりと決意をする。
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