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これは君にしかできない、君の使命といっても差支えのないものなの。
幽霊である彼女にそう言われても、僕は単にいわれのない責任を負わされたようにしか思えなかった。
彼女との出逢いは猫から始まった。この家に引っ越したその日から、なぜだか毎日一匹の猫が僕の部屋に入り込んできた。昔からどうも動物にまとわりつかれる傾向があるのだが、ペット禁止のこのアパートにいつの間にどこから入り込んだのだろう。防犯意識が薄いと言われたら返す言葉もないけれど、もともと家賃が安いという理由で入居を決めたオンボロアパートなので仕方ない。
とはいえ大学から帰るといきなり彼女が部屋にいたときはさすがに驚いた。そして彼女の傍には猫もいた。毎日やってくるのに僕にはちっともなつかずひと撫ですらさせてくれないのに、彼女には自分からまとわりつこうとしている。しかし彼女は悪戯っぽく笑い猫のじゃれつきをひらりひらりと絶妙な間合いでかわしている。天女の舞といったら大袈裟だけど、部屋の灯りをつけるのも忘れていて、光源が外からの月の灯りしかなかったこともあってかその光景はちょっと現実離れした幻想的なものに僕の目には移った。
だからだろう、彼女が幽霊だと知った時もさほどの驚きはなかった。最初の印象が現実離れしていたからすとんと腑に落ちたのだ。
「え?私のこと、見えるの?」
「見える。君はもちろん、猫をかわすのに一生懸命なあまり、スカートの裾が舞い上がってあらわになった下着も見える」
「う、うわぁ」
彼女はあわててスカートの裾を抑え込んだ。しかし時すでに遅し。色は白。
「ま、いっか」
「え?いいの?」
てことはアンコールしてもOKなのだろうか?
「だって私、今まで誰にも見てもらえなかったんだもん。誰も私に気づいてくれなかった。下着まで見られちゃったのはご愛敬だけど、とにかく誰かに見てもらえてるってのがすごく大事」
「どういうこと?」
「えーっと、私こう見えて幽霊なんだ」
「……こう見えてって言うけど、僕の目にはむしろ幽霊としか言いようがない印象っていうか、THE幽霊、みたいな感じなんだけど」
「ええ!!そうなの?私って幽霊っぽいの?でも、そんなにうらめしやーな雰囲気出してないし、足だってちゃんとあるよ」
「うん、まぁそうなんだけど。でも帰ったらいきなり僕の部屋に入り込んでるし、暗がりのなか猫と踊ってるし、これがもし生身の人間だったら完全に警察沙汰じゃない?」
「確かにドラクエの勇者パーティーじゃないんだから、人の家に勝手にあがりこんだら駄目だよね」
「で、勇者じゃないけど幽霊の君はなんで僕の部屋に勝手にあがりこんだわけ?」
「君ね、僕の部屋っていうけどここは元々私が住んでた家なんだからね。君は私の後釜なんだよ」
どうやら彼女は生前、僕の前にこの部屋に入居していたらしい。よくもまぁこんなおんぼろアパートに女性一人で住んでいたものだが、実家が近くにあってすぐに帰れる距離なのでさほど不安も感じず暮らしていたようだ。
「でも今は僕の部屋なんだから、不法侵入なのは間違いないでしょ?いささか失礼なのでは?」
「だ、大丈夫。勝手にあがりこんだのは今日が初めてだから。これまで私、誰か私に気づいてくれる人いないかなって親とか友達とかの所にずーっと行ってたから。この家に帰ってくるのは今日が初めて。アパートの人とは一切交流なかったし」
「それで君は誰にも気づいてもらえなかったの?僕以外に」
「うん。あっ、この子がいた。この子もなぜか私のこと見えてる」
彼女は猫を優しい眼差しで見つめた。
「今日はね、だーれも私に気づいてくれないことに絶望して、なんか慰めが欲しくて実家に帰ったの。この子、実家で飼ってる猫なんだ。私にすごいなついてて、一人暮らしするとき一番悲しかったのがこの子と離れて暮らすことだったくらい、私はこの子と仲良しだった」
なるほど。彼女にあれほどなついているのは長年の絆があったということか。そりゃ僕には見せない可愛げな姿を見せているのも納得だ。
「この子の顔だけでも見たら少しは元気でるかなって思って実家に帰ったら、いないんだよどこにも。もしかして誰かにさらわれたって不安になってご近所中をあちこち探し回ったら、ここにたどり着いたってわけ」
「で、猫を見つけた所を、僕に見つかっちゃったってわけか」
「うん。まさか見られるとは思ってなかったからびっくりした。ってか今もびっくりしてる」
彼女は自分の胸のあたりに手を当てた。ドクンドクンと波打ってるのだと言ってるが、そもそも幽霊に鼓動があるのか僕にはわからないし、波打っている主張してるわりには僕にはものすごく平坦でフラットな胸に見えた。凹凸ほぼゼロ。
「でも誰にも見えなかったのに、まさか私の大事なこの子を泥棒した人に見られるとは思わなかったよ…なんの因果かわからないけど、御用だ!!この猫泥棒め!!観念しろ!」
「えぇー?なんでそんな展開になってるの?違うって僕が盗んだわけじゃない。こいつが勝手に僕の家に上がりこんできたんだ。僕だって困ってるんだよ。ペット禁止なのにミャーミャー鳴かれたら他の住人に文句言われるかもしれない」
「そうなの?」
彼女は僕ではなく猫に尋ねると、猫はミャーとひと鳴きした。
「毎日って、もしかして私に会いにきてくれてたのかな」
「…そうかもね。君の匂いを辿ってここに通ってたのかもしれない」
「そうなんだ…ありがとね。家からこっそり抜け出してここに来てくれてたんだ。でも、でもだよ、うちの実家の親たちからしちゃ君は猫泥棒みたいなもんじゃない?」
「なんでそうなるの?わけわかんないよ。勝手に来てるだけなんだから」
「でもここに来るまでに車に引かれたり子供に棒で突かれたりするかもしれないじゃん。そうなったら完全に君のせいだよね」
「君の匂いを辿って来てるんだから君のせいでしょ。君のご両親だってまさか僕のせいにはしないよ」
「けど君が受け入れてるわけでしょ?邪険に追い返しでもしたらさすがにこの子だってあきらめて来ないはず。けど毎日来るってことは君が受け入れてるからじゃないの?」
受け入れたつもりは一切なくて勝手に居ついてるだけなのだが、確かに追い払ったりはしてない。この猫がもしここに来る途中になにか事故にでもあったとしたら、僕のせいだとはさすがに思わないけど、あまり寝覚めがよくないのは確かだった。
「仮に十万歩くらい譲って僕のせいだとして、だとしたらどうすればいいの?もうここに来ないようにしろと?でも今までは匂いに引き寄せられただけだったけど、いまはもう、君のことを見つけちゃった。僕が追い返そうとしても、ひょっとしたら今までより頻繁にくる可能性だってあるよ」
猫は久しぶりにあったご主人様の感触を確かめようとするのだが、その度に彼女はひらりとかわし決して猫と触れ合おうとしない。
「いじわるしないで、抱き着かせてやればいいのに」
と言ってから、僕ははたと気づいた。
「幽霊に触れることはできないんだよ。見えたとしても。だって私、壁だって通り抜けられるんだよ」
ほら、と言いながら彼女は僕の頬に触れようとした。しかしその手は僕の頬をすり抜けて彼女の手は空振りのビンタみたいな動きになった。
「ね」
ビンタをした彼女の方が痛みを感じているような顔になる。ビンタされた僕は特になにも感じないのに。
「この子が抱き着いてきたのにすり抜けちゃったりしたら可愛そうだし、それ以上に私がきついから。だからかわすの」
彼女は寂しそうに笑った。
「まぁ、僕もそいつにかわされてばかりだけどね。ちっとも撫でさせてくれない」
「ふふ、この子は私にしかなつかないからね。さすがに私のことが見えるとは思わなかったけど」
「うん、だからさ、匂いだけじゃなく君のことが見えちゃってる以上、もはやこの猫がここに通うのは止められないでしょ。僕がどんなに邪険に追い返しても」
「でも君だってもしこの子に万が一の事態が起きたとしたら、気分は良くないでしょ?」
「そりゃまぁね」
「だったらここはひとつ私の頼みを聞いてくれない?」
「頼み?」
「そう。この子がここに通うのって私の痕跡があるからだよね」
「これまではそうだったんだろうね。これからは君が見えちゃってるわけだから君に会いにやってくるんじゃない?」
「ってことは、この子がここに来ないようにするには、私と私の痕跡を消しちゃうのが一番じゃない?」
「それは…そうだけど、でもどうすればいわけ?」
「まずね、なぜ私が死んじゃったのに幽霊となってここらをさまよってるかといえば」
彼女は事故に会い、幽霊としてこの世界に居ついてしまうようになった経緯を説明した。どうも彼女は死ぬ直前に些細なことで母親と喧嘩し、そのことを反省してスマフォのメールに謝罪の言葉を入力したのだが、いざ送ろうと思うとどうにも踏ん切りがつかずに保存したままにしておいた所、事故にあい死んでしまったらしい。そのことに対する強い後悔の念が彼女をこの世にとどまらせているとのことだった。
「たぶん、だけどね」
「ありそうな話だね」
「ありがちな幽霊でごめんなさい」
「幽霊な時点でありがちじゃないから大丈夫」
「でね、そのスマフォを探して欲しいんだ。この部屋から」
彼女は部屋を見まわした。家賃のわりに部屋の広さはまあまあなのだが、それ以上に物とか家具が雑然としている。僕のものはほとんどない。彼女の両親がこの部屋の解約をした際にまだ使える家具を残置物として置いていったものらしい。僕はそれをありがたく使わせてもらっているというわけだ。新品ではないけど十分使えるので問題はない。
「君のスマフォはこの部屋にあるの?」
「うん。お母さんに謝りメール入れようかな、でもなんかこっちから謝るのも癪だなぁ、とか悩んでるうちにめんどくさくなっちゃって、スマフォを明後日の方向にぶん投げちゃったの。で、どこ行ったのか探してるうちに友達と会う約束の時間になっちゃって、スマフォは後で友達に電話をかけてもらって探せばいいやって、出かけることにしたの」
「で、その待ち合わせの場所に行く途中で」
「そ。死んじゃいました」
彼女はできるだけ重くならないように、極めて軽い調子で自分の死を語った。
「事情はわかった。で、君と君の痕跡をこの部屋から消しちゃうってのはどういうこと?」
「つまり私はあのメールをお母さんに送れなかったことが後悔として残ってて、それをどうにかしたいの。だからまずこの部屋からスマフォを探し出して、あの送れなかったメールを送信して欲しいんだ」
「…けど、お母さんはどう思うんだろう。悪戯とか思わないかな」
「私のスマフォから来てるんだから、ちゃんと私からのものだと思ってくれると思うよ。文面も私っぽい感じだから。なんかの手違いで時間差で送られてきたって思うくらいじゃないかな。お母さん機械からっきしだし」
「ならそれはいいとして、君の痕跡をこの部屋から消すっていうのは?」
「スマフォを探すついでにね、この部屋に残った私のものを全部処分して欲しいんだ。そうすればきっとこの子ももうこの部屋にこないでしょ?」
すっぱりこの世と縁を切るためにも、すっきりしたいんだと彼女は言った。
「でも処分するっていってもそういうのって結構お金かかるし、なにより僕が実際に使ってるものもあるし」
すべて処分したら僕の生活に支障が出てしまう。
「大丈夫。私いつかこの子と一緒に暮らすための費用を一生懸命バイトして貯めてたの。ある場所にへそくりとして隠してあるんだ」
「ある場所って」
「この部屋のどこかにある。でもそれはまだ君には言えない。もし私の願いを全部聞いてくれたら教えてあげる。そのへそくりで処分費用と新しい家具の代金くらいは賄えるよ。お釣りがくるはず」
スマフォを探してメールを送りこの部屋の荷物を処分する。多少の労働は必要だけど、その報酬として新品の家具と多少の小遣いが手に入るのであれば悪くない話だ。
「お願い。これは君にしかできない、君の使命といっても差支えのないものなの」
「……そう言われてもなぁ」
コスパから言えば悪くない話ではあるのだが、遺留品の処分屋みたいな仕事はどうにも気が重く、僕は単にいわれのない責任を負わされたようにしか思えなかった。
「私はものには触れられないし、誰かに頼むにしても私のこと見えてるのは君とこの子しかいない。いくらなついててもこの子には頼めないから」
猫と暮らすために必死で貯めたお金を、自分と自分の痕跡を消すために使ってしまうのはどんな気分なのだろう。
「なんで君なのかな?この子が私のこと見えてるのはわからなくもないんだけど。生きてた時から私の気配に敏感だったし。でも君とはなんの面識もないし…まさか君、ひそかに私に恋してたとか?」
「いや、初対面」
「じゃあなんで…ひょっとしてそういうの見えちゃう系の人?」
「いや、君みたいな人を見たのは今日が初めてだよ」
「そっか、私みたいな人を見たのは初めてなんだ。じゃあいよいよなんで私のことが見えてるのか謎だね」
「まあね」
見えちゃってるんだからしょうがない。
「とにかく私のことが見えてるのに変わりはないんだからお願い。ものが触れて私のこと見えてる人なんて君くらいなんだから」
「その言い方だと、ものが触れないけど君のこと見えてる人はいるってこと?」
「それならいるよ。いわゆる同類、私と同じようにこの世に未練を残したままの幽霊さんたちなら何人か会ったよ。幽霊は幽霊同志見えるみたい。最初その人が幽霊だなんてわからなかったからめちゃくちゃ叫んじゃったよ。うわー幽霊だーって」
「まあ大体の人は幽霊見たことないもんね」
「で、その人に教えてもらったの。幽霊関係のことを。どうすればこの世から旅立てるのかとか」
「なるほどね。そういうことか」
彼女の説明を聞き、僕はなんとなく合点がいった。
「わかった。引き受けるよ。いつまでも居座られても困るしね」
「ほんと?ありがとう。君ならやってくれると思ってたよ。ちなみにへそくりはあげなきゃ駄目?」
「なんで今更値切ろうとしてんの?大体お金なんてあってもいらないでしょ」
「いや、三途の川の代金とか、地獄の沙汰も金次第っていうから、なにかと入用になる可能性も」
「悪いけどびた一文、負ける気はないよ」
「むぅう、強欲だなぁ」
「さて、じゃあまずは君のスマフォの番号を教えてくれ。僕からかけてみるから」
「え?」
そこからが中々に大変だった。まず彼女に自分のスマフォの番号を思い出させるのにありとあらゆる記憶覚醒方法を試したのだが一向に効果が出ず、彼女の友達をナンパして二人きりになったところをこっそり携帯を覗き見て彼女の番号を盗み出す、などの数々の奇想天外な彼女のアイデアを却下しまくり、ようやく彼女の番号がメモされている手帳を探し出したものの彼女のあまりの字の下手さに解読すること5時間。ついに僕らは彼女の番号をゲットした。
「思った以上に大変だった」
「ご迷惑おかけしました」
それから彼女の番号にかけたものの、着信音ではなくバイブ設定になっていたのでなんとなくの場所はわかるのだが、明確なスマフォの場所を知らせてくれはしなかった。だから二人で必死になって振動音のするあたりを引っ搔き回してどうにか探し当てることができた。
「もう汗だくだよ」
「幽霊も汗かくんだね。新情報だ」
「汗っかきだからね、私」
「その情報はどうでもいい」
「つれないなぁ。でもそんな君にだから頼みやすいかな。私に思い入れたっぷりの人にはなんだか頼みづらいもんね。こういう役回り」
僕は彼女のスマフォを操作して、メールの画面に切り替える。そこに保存されてる「DEAR MY MOTHER(笑)」という件名のメールに指をあてがう。おそらくこれだろう。いかにもな謝罪メールではなくなんとなく冗談めかそうとしているタイトルが彼女らしいような気がする。僕は件名だけでその文面まではあえて見なかった。見られて嬉しいものではないだろう。
「じゃあ、送るね」
「うん、お願い」
僕は送信ボタンを押す。数舜して、送信されました、と画面に表示される。送信ボタンの手ごたえが、まるで彼女をあの世に送り出したかのような感触をもたらした。これで彼女はようやくこの世をさまようことなく旅立てる。彼女の母親も喧嘩別れのような形で終わってしまった彼女との記憶を、少しは良いものへと変えることができるだろうか。僕にはわからないが、少しでも痛みや悲しみが減るのであれば、それは喜ばしいことだと思う。そうあってほしい。
「ありがとう。これでようやくあっちにいけるよ。あ、荷物の処分の方お願いね。それがあるとこの子もまた、ここにきちゃうかもしれないから。色々と押し付けて悪いけど、これも君にしかできないことだし」
猫との別れを惜しむように、彼女は儚げな眼差しで見つめている。猫もまた、彼女をつぶらな瞳で見返している。
「いや、違うよ。これは、この猫をここにこないようにすることは、君にしかできないことなんだ」
「え?」
彼女は思いがけない僕の言葉に目を見開いた。
「どういうこと?」
「僕、君に言ったよね。君みたいな人を見たのは今日が初めてだって」
「うん」
「でも、君みたいな動物を見るのは今日が初めてじゃない。子供の頃から、なんでか知らないけど生きてない動物、動物の幽霊を見たことは何度もある。触ろうとしても全然触れないんだ。すりぬけちゃう」
彼女は驚きからか声を出せない。
「だからそれが嫌でペット禁止のアパートとか選んだんだけど。けど、今日の今日まで気づかなかった。だってこの猫は僕に触らせてくれなかったから。だからこの猫がすでに死んでたなんてわからなかったんだ。毛並みもキレイだったし」
「そんな……じゃあ、この子はもう」
「うん」
たぶん、居なくなった彼女を追い求めてるうちに、どこかで事故にあったのかもしれない。そして彼女の痕跡を求めて彷徨って、同じ幽霊として彼女を見ることができた。たぶん僕に彼女が見えたのは、猫が見える僕が猫の目を通して彼女を見えた、ということなのだと思う。よくわからないけどそんな原理なのではないだろうか。
「たぶんだけど、この猫が幽霊になってしまったのは、君への未練なのだと思う。だからこれは君にしかできないことだよ。この猫を抱いて、一緒にあっちの世界ってやつに連れてってあげることは」
「……一緒に来る?」
猫はみゃーとひと鳴きすると、彼女の凹凸のない胸にとびこんだ。彼女は今までのように猫をかわすことなく、しっかりとその胸に抱きしめた。
「私はこの子がいない世界に生きるのは辛かったけど、この子には私のいない世界で生きてて欲しかったな」
彼女は猫を愛おしさと寂しさがないまぜになったような眼差しで見つめた。
「君は、私が連れてっちゃっても構わないの?寂しくない」
「どうせなついてくれないしね。アパートもペット禁止だし」
どうせだったら今後は幽霊禁止にもしてほしい。
「そっか、じゃあ、私には私にしかできないことをやるね」
そして彼女は猫とともに僕のもとを去っていった。
彼女は彼女にしかできないことをやり切ったので、僕は僕にしかできないこと、部屋の片づけに取り掛かった。
「あっ、へそくりの在処、聞くの忘れた……」
取っ散らかった彼女の残置物が僕の視界全面を埋め尽くす。
「この中から探せってこと?なんの手がかりもなしに?」
僕は深く溜息をつき肩を落とす。
「くそぅ、でも仕方ないよな」
この部屋にある彼女と彼女の猫のためのへそくりを見つけることは、きっと僕にしかできないことだから。
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