想い出が褪せる頃

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急ぎの案件が無い事と、俺の体調が加味されて本日は定時退社。 よし。 俺は電車に飛び乗り涼真の部屋に向かった。 だが吊革に掴まりながら、はたと気がついてしまった…同じ会社で働いてるんだから社内でも会えるじゃん! 何だよ…俺…。 でも今更会社に戻るのもアホだしな。 仕方ない…いつものスーパーに行こう…。 吊革に体を預けながらそう決めた。 「あー!ぱぁぱ!うー…」 「真咲、そんなに身を乗り出したら落ちるよ」 お、今日は抱っこじゃないんだな。 なんて事を思っていたら小さな手がこっちへ向かって伸びてきた。 「あー、あー!」 「ほら…わぁ!すみませ…ん?郁弥?」 子供が乗れる買い物カートから落ちる寸前の真咲が掴んだのは俺の服。 「…よっ!」 「買い物か?」 「…まあな。真咲、ハンバーグ食べたい?」 「あー!ぱぁぱ!」 途端に瞳がキラキラと輝く。 だが真咲とは対照的に涼真の表情は暗い。 「俺は…作れない…」 「作ってやるから材料揃えよう。こっち」 「え…でも…」 「いいから任せとけって」 俺は胸をドンと叩き、涼真から真咲ごとカートを奪って精肉コーナーへ急いだ。 「きゃー!!!」 立ちのぼる湯気と肉の焼ける匂いに真咲の口から涎が溢れた。 「召し上がれ」 「あー!」 小さく丸めたハンバーグにフォークをぶっ刺して真咲はイスから立ち上がったままどんどん口に入れようとする。 「一つづつ食べようか」 慌てて涼真が真咲の手を止めた。 「まんま!」 「ほら、ご飯も食べる」 ガツガツとハンバーグを食べる真咲はこの間とは全然違ってあっという間に食器を空にした。 「ぱぁぱー…」 「たくさん食べたね。明日また食べよう」 家事が得意でない涼真の為に、多めに作って冷蔵庫に入れておいた。 二人の笑顔を見て、俺は誰かの為に作る食事は食べてもらえるだけでこんなに嬉しいんだという事を初めて知った。 「…悪かったな…」 常夜灯の灯かりが涼真と真咲の顔を静かに照らしていて、静かな室内に真咲の寝息が聞こえる。 「何が?」 俺は片肘をついて二人の顔を眺めた。 「えっと…真咲が郁弥から離れなくて…一緒にお風呂に入るとか突然泊まれとか…」 「ハンバーグで胃袋掴んだな」 おどけてみたが涼真の表情は硬い。 だが俺はそ知らぬ顔をして涼真の言葉をやり過ごそうとした。 「分かってるんだ。これじゃダメだって…」 自分を否定する涼真。 「こんなんじゃいつかダメになる。俺も真咲も…でも…」 仄暗い灯りの下でも涼真の目元が光っているのが見えて、俺は胸が痛かった。 「例えエゴだと言われても…真咲を…離したくない…」 「親には頼れないの?」 「…うん…」 「そっか…」 暫し沈黙の時間が流れ、俺は涼真にこう切り出した。 「俺さ…結構家事が得意なんだよ。でも一人だからさ、料理しても食べてくれる人なんていないからほとんどしないんだ。姉ちゃんには家族がいるから俺の入る隙間なんて無いし…」 言い淀んで涼真の様子を盗み見る。 「…だから俺が二人に作ってやるよ」 「…でも、…そんなに甘えられない。俺は郁弥の両親に育ててもらって、子供は郁弥に…」 涙声が細く消える。 「俺、姉ちゃんと歳が離れててほぼ一人っ子だったからさ、涼真が兄弟みたいなモンだってずっと思ってた」 不安げな涼真の目に、俺はどんな風に映っているのだろうか。 「頼ってよ。真咲だって可愛いし、俺に懐いてくれてる。俺と家族ごっこしてみないか?」 涼真は黙っていた。 でもそれは拒否ではなく、迷ってるだけなのだと俺は思いたかった。 だからもう一押し。 「俺の家事の腕前、みせてやるよ」 ほら、俺を頼って。 そしてどうか…俺無しでは生きられなくなって。
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